学校という場所は、政近にとって居心地が悪いわけではない。
むしろ、扱いやすい。
やるべきことが明確で、
評価基準が数値や結果として示され、
期待される役割も、分かりやすい。
教室に入ると、数人の視線が自然と集まる。
それに気づいていないふりをしながら、政近は自分の席に向かった。
声をかけられれば、きちんと返す。
愛想は良くないが、冷たくもない。
それが、周囲にとっての“周防政近”だ。
成績は常に上位。
行事でも手を抜かず、問題を起こさない。
教師からの信頼も厚い。
――優等生。
誰かがそう評するのを、政近は知っている。
否定もしないし、肯定もしない。
(それでいい)
期待される像に、合わせているだけだ。
授業中。
教師の問いに指名されると、政近は簡潔に答える。
余計な説明はしない。
正解だけを、必要な分だけ。
教室の空気が、少しだけ緩む。
誰かが小さく息を吐くのが分かる。
(またか)
政近は、内心でそう思う。
自分が答えることで、
他の誰かが「当てられずに済んだ」空気。
それを、もう何度も経験してきた。
休み時間。
友人と呼べる存在は、いる。
だが、深く踏み込んでくる者はいない。
冗談めかした声が、後ろから聞こえる。
政近はそう返す。
嘘ではない。
考えていないわけじゃない。
ただ、“考えていいこと”しか考えないようにしているだけだ。
放課後。
生徒会の仕事を終え、校舎を出る。
夕方の風が、朝よりも少しだけ暖かい。
制服の袖が、わずかに揺れる。
(今日も、問題なし)
そう総括できる一日。
成績も、人間関係も、評価も。
すべて想定内。
すべて合格点。
――完璧だ。
そう言われる理由は、自分でも分かる。
失敗しないように動き、
感情で判断せず、
最適解を選び続けている。
でも。
(……それで、何が残る)
ふと、そんな考えが浮かび、
政近はすぐに打ち消した。
考える必要はない。
評価されている。
役割は果たしている。
それ以上を望むのは、贅沢だ。
校門を出ると、
少し離れたところに、有希の姿が見えた。
同じ学校ではないが、帰り道が途中まで重なる。
小さく手を振ると、
有希は少し驚いたようにしてから、ぱっと表情を明るくする。
その反応に、胸の奥がわずかに揺れた。
(……妹)
家の中の評価でもなく、
学校での優等生としての視線でもない。
ただ、兄として見られる瞬間。
政近は歩幅を合わせながら、
その感覚を、深く考えないようにした。













編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。