春の風が、ベランダのカーテンをやさしく揺らしていた。
暖かい光が差し込む部屋の中、テーブルには湯気の立つコーヒーと、焼きたてのトースト。
「ねぇ、バターどこいった?」
キッチンから紗菜の声がする。
「お前が冷蔵庫の奥に突っ込んだんだろ。」
「え、私? 悠真じゃなくて?」
「いや、確実にお前。」
そんな他愛もない会話で、一日が始まる。
この家での暮らしも、もうすぐ一年。
最初は“同居人”だった二人が、今は自然に“恋人”として並んでいる。
朝食を食べながら、悠真がスマホを見て言った。
「なぁ、来週のライブ、見に来る?」
「もちろん。最前列で拍手する。」
「やめろ、照れる。」
紗菜は笑った。
彼はバンド活動を続けていて、いまや小さなフェスにも呼ばれるようになっている。
一方で、紗菜も大学生活を満喫しながら、夢だった編集の仕事を目指してインターンを始めていた。
別々の道を歩きながらも、帰る場所は同じ。
それだけで、もう十分だった。
「ねぇ、悠真。」
「ん?」
「私、最近思うんだ。」
紗菜はコーヒーカップを置き、ゆっくりと言葉を選んだ。
「“同居人”だったころの私たちって、なんか、まだ互いを試してた気がする。
でも今は……ちゃんと信じ合ってるって、思えるの。」
悠真は一瞬黙って、にやりと笑った。
「じゃあ、“元カレ”も卒業か?」
「うん。もう“元”じゃない。」
「じゃ、何?」
「……“今の彼氏”。」
「言わせるなよ、そういうの。」
「言わせたのはそっちでしょ!」
二人の笑い声が、部屋いっぱいに響いた。
昼過ぎ。
ベランダで洗濯物を干しながら、紗菜は空を見上げる。
青く広がる空に、白い雲。
あの頃、別れた夜に見上げた空は、泣きたいほど重たかったのに。
いまは、こんなにも優しい。
(……あのとき、終わらなくてよかった。)
後ろからそっと腕が伸びて、悠真が抱きしめてくる。
「なに笑ってんの。」
「別に。ただ、今が幸せだなって。」
「ふーん。じゃあ、この先も笑ってろよ。」
「うん。ずっとね。」
二人は静かに見つめ合う。
その距離が、もう“元恋人”だった頃のぎこちなさとはまるで違う。
この家に、二人の時間が流れていく。
喧嘩もして、仲直りして、くだらないことで笑い合って。
そんな毎日が、何よりの宝物だった。
夜。
ソファの上で並んで映画を観ながら、悠真がふいに呟いた。
「なぁ、いつか本当に“同じ屋根の下”で暮らそうぜ。
こういう家じゃなくて、俺たちの家で。」
紗菜は一瞬、言葉を失った。
けれど、すぐに微笑んで——。
「……うん。今度は、ずっと一緒に。」
テレビの光が二人を照らす。
外では春の雨が、静かに窓を叩いていた。
でもその音さえも、やさしいBGMみたいに感じた。
かつて“別れ”で途切れた恋は、
“再会”で、また新しい形を見つけた。
同じ屋根の下、
もう二度と離れないふたりの物語。
——“終わり”じゃない、“はじまり”のエピローグ。
「同居人が元カレとか聞いてない。」——完。
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編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。