次は交通事故だった。ターゲットは20代後半位のサラリーマンで、トラックに轢かれて死んだ。即死とわかるくらい、とんでもないスピードのトラックだった。
夜とはいえ深夜遅くではなかったから、それなりに人がいた。悲鳴をあげる女や、俺より年下であろう、塾か部活帰りの子供も事故を目の前にしていた。
「うわぁ……酷いね……」
俺の隣で、こともなさげに呟く大学生くらいの青年が1人。本当に酷いと思っているのだろうか。むしろ楽しそうにすら見える。
変なやつ、そう思いながら目を向ける。黒いパーカーのフードを目深に被っていて顔は見えないが、口元は案の定ニヤリと笑っていた。気持ち悪い男だ、内心悪態を付く。
「殺るなら人が少ない深夜とかにすりゃいいのに。まだ時間ギリギリではなかったでしょ?」
「……は?」
いきなり男が俺の方を向いて話しかけてきた。救急車のライトと煩いサイレンの音にかき消されながらも、よく通る声はしっかり俺の脳に響く。良く考えれば直ぐにわかる事なのに、気付かなかった。パーカーとはいえフードを被っている、人の死に慣れた様子の人物……
「もしかしてお前」
「そう、僕も死神なんだぁ〜。よろしくね」
「なんでここに?月始めの会は、今日じゃなかったと思うけど」
「別にその日以外死神同士が会っちゃいけないなんて掟はないからね。僕この辺りでは1番長いから、新人くんが出来たらいつも様子見に来てあげるの」
「……そりゃどうも」
よく分からない。まぁ多分先輩ということになるのだろうが……わざわざ新人に接触する理由は何だろうか。
「んふふ。良くやってるみたいで何よりだよ。仕事ぶりを見ても、抵抗無さそうだったし」
「わざわざそんなこと見に来るのか」
「極偶に人なんか殺せないって言う子居るんだよねぇ…そういう人には仕事のお誘いがかからないように、上手いことなってるはずなんだけど」
「……やっぱり、そうか」
「1万円と1人の命を天秤にかけて1万円を取る人なんか余っ程頭おかしい人くらいだからね、そうそう居ないよ。この仕事の声がかかった時点で、君も僕も、上から頭おかしい扱いされてるってこと」
「上って?」
「一般的な職場に則って話すなら上司。僕らで言う本物の神様ってとこかな?僕らみたいなエセ死神様と違って、本物の神様だよ」
「……いるんだな。神様」
「そりゃね。僕らを死神に誘った人も、神様に近しい人物らしいよ」
「なるほど」
「ま、君が元気に仕事してることは確認できたし、僕の仕事も完了したから、帰るとするよ」
「仕事で来てるのか」
「うん、そのあたりは次の死神会の時に教えてあげるよ。君とは長い付き合いになりそうだから」
「お互い死神として……」
「そう、君は面白いくらい人を殺すのに躊躇いが無いから。もはや才能かもね」
侮辱のように感じた。人間としてそれは欠陥だと言われた気がした。長い間死神をやってきたと自分で言うくらいなのだから、きっとこいつの方が俺の何百倍も多く人を殺してるだろうに、どの口が面白いだのほざくのか。
生きて死ぬ人間の最期を、流れる血を、苦しむ悲鳴を、死を目にして叫ぶ他人を、煩いサイレンを、流れるニュース速報を、憶測で犯人を不当に汚す世間を。
美しく感じて何が悪いというのか。
「唯の殺しじゃない。輪廻を司り生を廻す、れっきとした仕事だ」
私利私欲にまみれた犯罪者共とは違う。
「いいね、いいよ……ふふふっ、やっぱり君とは長い付き合いになりそうだ……じゃあね、今日はこれくらいで我慢するよ」
ばいばい、と言い残して紙を大鎌で斬る。あっという間に姿を消した。
「テレポートの瞬間、客観的に見たのは初めてだな」
今日の仕事は終わり。
男と同じように自室に転移する。無造作に机の上に置かれていた13万円を確認して初めて、今日殺した人数を知った。
______________________
何の変哲もないマンションの一室。その一室の主が転移により帰宅した。其れ即ち、主が死神であることを意味している。
「いやぁ……面白い子に出会っちゃったなぁ…」
そうつぶやきながら大鎌を消し、パーカーのフードを脱ぐ。
先刻まで青峰 司に対し名も明かさず一方的に喋り散らかしていたこの男…一ノ瀬 拓斗はすぐ傍のゲーミングチェアに深く座って足を組んだ。
「青峰 司くん、だっけ?……まだ高校生なんだってね、可愛いなぁ」
「んふふ、つかさくんって呼んであげよう……僕のこと、たくとって呼んでくれるかな……って、名前を教えるのを忘れてた……これはうっかり」
一人きりの部屋でずっとぶつぶつ呟く。興味のない相手には名前すら教えないこの男、自己紹介をする癖がないためか今回も名前を教えるのを忘れていた。司も人の名前に興味を持つような性格では無いため、言っていたところで覚えられていた可能性は低いのだが。
「何回思い出しでも可愛いなぁ……あと3日で死神会、楽しみだなぁ、あの顔また見たいなぁ」
あの顔。トラックに男が轢かれるあの瞬間の、司の顔。
一ノ瀬はあの場で一部始終を見ていた。ゆっくりと男に近づく司の姿から、糸を躊躇いなく斬る司、轢かれる男を恍惚的な表情で眺める司、必死に溢れる笑みを堪えながら周囲の悲鳴と流れる血を楽しむ司、笑みを抑えきれずに手で口元を覆い隠す司まで、全て。
そしてその全てが、一ノ瀬にとってたまらなく愛おしいと感じるものだった。
「君は相当とち狂ったサイコパスだよ!!本人にその気がないのが尚良いね……」
そう言いながら笑みを浮かべる一ノ瀬の顔は、奇しくも流れる血を見つめる司と同じ。
「輪廻を司り生を廻す。良い言葉だ……全くそう思って殺しをしているんだろうね。自分すら騙してるのか」
自らがおかしい事に気付いていない。
自らが感情のままに殺していること。
自らが自分を正当化させていること。
気付いていないのだ。
「あの顔で……仕事ってのはないだろ?」
自覚のない狂気が、時に人を惚れさせることを、司は知る由もない。
パーカーを脱ぐ、取る、下ろす、上げる、外す…どれが正しいんでしょう…
調べてみましたが正答はないようです。私は脱ぐを使いましたが…
補足ですが、青峰 司(あおみね つかさ)は主人公の名前です。作者本人がよく忘れちゃうので、主人公としては致命的な名前の覚えにくさがあるのかもしれないです
一ノ瀬 拓斗はいちのせ たくと と読みます。こっちは覚えやすいといいのですけど…
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。