次の話を始める前に、男は指を鳴らし煙管を手に取り、席に座ったままのあなたを待たせるように一服した。
あなたはその様子を眺めているしかなかった。すると彼が口を開いた。
「自分語りだけじゃつまらない。だからこそ僕は君に違う子の話をしようと思う。
だが…僕が聞いてきた子達の話ならば僕の過去に成りうるだろう?」
納得は出来ないが…少し考えればわかる。彼は他人の過去を聞き出して己の経験材料としているだろう。齢30ぐらいの若造がこれ程までに人生経験がある大人に見えてしまうのだ…他人の話を吸収しなければ何故そのように見えるだろうか、いや、見えない。
チラリとこちらを見やる彼の話がいつ始まるのか、あなたは待ち望むだけしかできなかった。
「僕は……たった1人。凄いな〜と思った同い年の子がいてねぇ……あと10年程で寿命が来てしまうと医者から言われてる子なんだけど…逞しく生きてる子がいるんだ。」
10年?このおじさんが30だとすれば40ぐらいで死ぬと分かっているのだろうか。それだけでも壮大な人生すぎる。
「その子はさ…君が想像を絶する程の苦労を経験していてさ。社会問題を全て背負っているような子とも例えてもいい。そして他人思いすぎるんだ。優しすぎるんだ。あまりその子についてのエピソードは話せないけれど、生き方が凄まじい。
全てを包み、全てを守ろうとし、自己犠牲をするような生き方さ。」
なんだろう、そのような生き方を…
何故この人は知っている
「普通は自分を守ろうと必死になるんだよね…人間って。防衛本能が備わっていてそれに抗えない感じかな。だけどその子は『マイノリティー』という生き方の中で必死に生きてきた。」
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彼は真剣な面持ちで【あなた】に語る。
「自分の好き嫌いだけで『○○キモい』『○○ないわー』という何も考えない発言。
そういう言葉を見かけて凄く悲しんで傷ついて一人で死ぬほど悩んでいた時もあった。」
ハッとした…
【私】も同じような事で誰かを知らぬ間に傷つけていたのかもしれない。そう考えたらあなたの心の中に潜むあなたはどこかで泣いていた。
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「そういう子だよ…
有り得ないよね?人の苦労を知らないで公でそういった言葉を淡々と語れる人がいるんだよ……僕は誰が言ったのかは知らないけど、そういう人がいるとどこかで涙を流して苦しんでる人がいるって知った時、己の言動を改めようとしたよ。
まぁ…こうやって語っている僕も完璧じゃないし君も完璧な人間ではないだろう。
僕は現実のストレスで溜まりに溜まって自分が不愉快に思っているもの、弱者に当たっていた時期もあった。それで何人泣かせたことか。
それで何人に恨まれて仕返しされたことか。
僕も学校教育が《好きじゃなかったかは否定して頑張ってた人を傷つけた》ことがあってね。嫌がらせとしてコラ画像とか作られたよ、顔写真で。『水の呼吸ぴぇ〜ん』ってさ…笑っちゃうよね……だからこそ、その罪の償いとして慈愛活動をやろうと決心した部分もあるけどね。」
男は自分の黒歴史であってもあなたに語っていた。伝えたい何かを託す為にわざと見せたくない部分をも見せてくれていたのだ。
「でも、今でも分からないや。
何時どこで…誰かを知らぬ間に傷つけてしまっているのか。」
そう語っている男の事が段々と見えてきた。
この男が【私】に何を伝えたいのか。
何を訴えかけて何をやめてほしいのかも。
「……次、行くかい?それとも…」
語りかけたその男の言葉にの返答に、あなたはもう、迷う事もしなかった。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。