第6話

6
1,149
2025/08/06 04:24 更新
誰もいない美術準備室に、佐久間は無理やり連れてこられた。
扉が閉まる音に、心臓が跳ねる。
佐久間
佐久間
(やだ…なんでこんな…)
いじめっ子
いじめっ子
お前さ、阿部とやってんだろ?
低い声に肩を強く押され、棚に背中をぶつけた。
佐久間
佐久間
えっ…や…っ…ちが…
声を震わせて否定する間もなく、制服のボタンを外された。
いじめっ子
いじめっ子
阿部に触られて喜んでんだろ?顔見りゃわかんだよ
佐久間
佐久間
違う…!やめ…っ…お願い…っ…!
必死に腕を振りほどこうとしても、力で簡単にねじ伏せられる。
冷たい指先が制服の下に滑り込んで、胸のあたりを無遠慮になぞられた。
いじめっ子
いじめっ子
ほら、ビクビクしてんじゃん。
いじめっ子
いじめっ子
そんな顔で抱かれてんの?笑うわ〜
涙が止まらない。声も出ない。ただ震えが全身を襲った。
いじめっ子
いじめっ子
ほら、阿部とどっちが気持ちいい?
耳元で囁かれる声が吐き気を誘う。
佐久間
佐久間
ちが…阿部ちゃんは…っ…やめて…やだ…っ
震えながら絞り出した声は掠れて消えていく。
いじめっ子
いじめっ子
阿部“ちゃん”だってよ〜。ほんとにバカみたいに惚れてんだな
そう言ってクスクスと笑う。その笑い声が頭の奥でぐるぐる響く。
指先がさらに下へ滑って、腹や足を荒々しく撫でまわされる。
佐久間
佐久間
や…っ!やだっ!やめて!!!
体をねじって逃げようとした瞬間、手が顎を強く掴んだ。
いじめっ子
いじめっ子
やめろだって?でもお前、本当は喜んでんじゃねーの?
佐久間
佐久間
ちがう…やだっ…!
涙が頬を伝って制服の襟を濡らす。
胸の奥がズキズキと痛む。頭の中で阿部の顔が浮かんで、余計に苦しくなる。
いじめっ子
いじめっ子
阿部に抱かれて嬉しかったんだろ?言えよ
佐久間
佐久間
い…いわない…っ…やだ…!
拒絶の言葉を吐くたびに、指先はより強く、乱暴に身体をまさぐってくる。
いじめっ子
いじめっ子
この泣き顔、阿部に見せてやりてーわ
佐久間
佐久間
やめてっ…お願い…阿部ちゃんにだけは…っ…!
必死の声も笑い声で踏み潰される。
身体がどんどん冷たくなって、でも汗は止まらない。
いじめっ子
いじめっ子
じゃ、今度阿部に言ってやるよ。佐久間、俺らにこんな顔見せてたぞって
佐久間
佐久間
やだっ…!お願い…言わないで…!!
涙が声を濁らせて、息もうまく吸えない。
喉の奥から「かひゅっ…」という音がもれる。
いじめっ子
いじめっ子
んー、飽きたわ。またな
乱暴に突き飛ばされて、佐久間は床に崩れ落ちた。
制服の中はぐちゃぐちゃで、吐き気と絶望で体が震える。
声も出ない。ただ小さく息を詰まらせるしかできなかった。
佐久間
佐久間
(阿部ちゃん…こんな俺、知ったら…嫌いになるよね…)
視界が涙で歪んで、壁も天井も滲んで消えていくみたいだった。
予鈴が鳴ったあとも、佐久間はしばらく動けなかった。
制服の襟元はぐしゃぐしゃで、涙の跡は拭いても拭いても滲んでくる。
佐久間
佐久間
(…教室行かなきゃ)
脚が震えて力が入らない。
廊下を歩くたびに、周りの視線が全部自分を笑っているように思えて、喉が詰まった。
放課後。
昇降口の前で待っていてくれた阿部を見つけたとき、胸がぐっと痛んだ。
阿部
阿部
佐久間!
笑顔で手を振る阿部。
その笑顔だけで、涙がこみ上げそうになる。
佐久間
佐久間
…あ、阿部ちゃん…
阿部
阿部
どうしたの?元気ないね
心配そうに覗き込む顔が優しすぎて、息が詰まる。
佐久間
佐久間
(言えない…言ったら嫌われる…汚いって思われる…)
佐久間は必死に笑顔を作った。
佐久間
佐久間
ううん、ちょっと眠いだけ…
声が震えていたのは、自分でもわかっていた。
阿部
阿部
そっか。でも無理すんなよ
阿部の手が佐久間の頭をぽん、と撫でる。
その一瞬だけでも、少しだけ世界が明るく見えた。
佐久間
佐久間
ねぇ、帰り…ちょっとだけ海、行かない?
佐久間は震える声で言った。
阿部は少し驚いた顔をして、それから微笑んで
阿部
阿部
行こっか
と言った。
二人で歩く道。夕陽に照らされて長く伸びた影が寄り添っていた。
海。
夕陽が少しずつ沈んでいく。
空は茜色と群青が混ざり合って、波打ち際をオレンジに染めていた。
波の音が静かに耳を満たしてくる。
心の奥のざわつきまで、洗い流してくれるようだった。
阿部
阿部
佐久間、冷たくない?
阿部が言った。
佐久間は海に指先を触れていた。ほんの少し、足先も水に浸した。
佐久間
佐久間
ん、大丈夫...
小さく笑う。笑ってみせる。それだけで胸が痛む。
佐久間
佐久間
(本当は寒いくらいなのに…)
でも、阿部の隣にいるだけで、少しだけあったかかった。
阿部
阿部
今日、来たいって言ったの佐久間からなんて珍しいね
佐久間
佐久間
…うん、なんか…来たくなったの
声が震えそうで、急いで下を向いた。
波が引いていく砂の模様をじっと見て、ごまかした。
阿部は少し黙って、それから不意に言った。
阿部
阿部
俺、佐久間と一緒にいるとさ、ホッとするんだよ
その言葉だけで、胸の奥が崩れそうになった。
佐久間
佐久間
(…どうしてこんなに、優しいんだろう)
阿部の手をぎゅっと握った。
少し驚いたように見えたけど、優しく握り返してくれた。
阿部
阿部
なぁ、佐久間。最近ほんとに元気ないけど…俺に、話して?
佐久間
佐久間
…何もないよ
喉の奥で詰まった言葉が、どうしても出せない。
佐久間
佐久間
(言ったら…終わっちゃう気がするんだ…)
阿部はそれ以上聞かなかった。
ただ、小さくため息をついて、海を見つめていた。
海面は金色に光っていた。
波の音が静かで、風が吹いて、少しだけ砂が冷たかった。
佐久間
佐久間
阿部ちゃん…
阿部
阿部
ん?
佐久間
佐久間
...大好きだよ
精一杯の声で、やっと出した言葉。
阿部
阿部
俺もだよ。大好き
佐久間
佐久間
(こんなに…優しいのに…どうして言えないんだろう)
しばらく黙って並んで波を見た。
沈んでいく太陽と、これから夜になる空の色。
佐久間
佐久間
(あぁ、もう終わっちゃうんだな)
胸の奥で、静かに決意のようなものが芽生えていた。
阿部
阿部
そろそろ帰る?
佐久間
佐久間
...うん
帰り道。
阿部
阿部
ねぇ、今日もウチくる?
佐久間
佐久間
...いいの?
阿部
阿部
もちろん!最近忙しかったしさ、久しぶりに一緒にゲームしようよ!
佐久間
佐久間
(あぁ...阿部ちゃんの隣にいられるのが、こんなに嬉しいんだ...)
佐久間は小さく頷いた。
阿部の部屋に入ると、安心する、大好きな匂いがした。
阿部
阿部
佐久間さ、何かあったら絶対言えよ?
佐久間
佐久間
うん...
佐久間
佐久間
(言えないよ...こんな汚いこと...言えない...)
そのままぎゅっと抱きしめられたときは、少しだけ泣きそうになった。
夜遅くまでゲームをして、ベッドに並んで寝る。
電気を消したあと、阿部の横顔をじっと見た。
佐久間
佐久間
阿部ちゃん...
佐久間
佐久間
...大好きだよ...
震えた声でやっと出せた言葉。
阿部は少し驚いた顔をして、それから笑って
阿部
阿部
俺も。大好き
と言ってくれた。
佐久間
佐久間
(阿部ちゃんの声、あったかい...)
佐久間
佐久間
(ずっと、こうしていられたらいいのに...)
でも、心の奥底では知っている。
こんな時間はもう無いんだって。
涙がにじむのを必死に隠して、佐久間は阿部の匂いを深く吸い込んだ。
夜中、阿部が隣で寝息を立てている横で、佐久間は涙を止められずにいた。
佐久間
佐久間
(もう...ほんとに限界かもしれない...)
頭の中で繰り返すように、「汚い」「笑える」「消えろ」という声が響く。
指先が冷たくて、心臓も冷たくなっていく気がした。
佐久間
佐久間
(...阿部ちゃんは優しいから...俺がいなくなってもきっと幸せになってくれる...)
自分を慰める言い訳のようにそう思った。
そっと、阿部の頬に触れた。
寝顔は穏やかで優しくて、泣きそうになった。
佐久間
佐久間
(本当は、もっと一緒にいたいよ...でも...
もうだめだ...)
震える唇をそっと阿部の額に触れさせた。
声にならない「ありがとう」を呟いて。

プリ小説オーディオドラマ