誰もいない美術準備室に、佐久間は無理やり連れてこられた。
扉が閉まる音に、心臓が跳ねる。
低い声に肩を強く押され、棚に背中をぶつけた。
声を震わせて否定する間もなく、制服のボタンを外された。
必死に腕を振りほどこうとしても、力で簡単にねじ伏せられる。
冷たい指先が制服の下に滑り込んで、胸のあたりを無遠慮になぞられた。
涙が止まらない。声も出ない。ただ震えが全身を襲った。
耳元で囁かれる声が吐き気を誘う。
震えながら絞り出した声は掠れて消えていく。
そう言ってクスクスと笑う。その笑い声が頭の奥でぐるぐる響く。
指先がさらに下へ滑って、腹や足を荒々しく撫でまわされる。
体をねじって逃げようとした瞬間、手が顎を強く掴んだ。
涙が頬を伝って制服の襟を濡らす。
胸の奥がズキズキと痛む。頭の中で阿部の顔が浮かんで、余計に苦しくなる。
拒絶の言葉を吐くたびに、指先はより強く、乱暴に身体をまさぐってくる。
必死の声も笑い声で踏み潰される。
身体がどんどん冷たくなって、でも汗は止まらない。
涙が声を濁らせて、息もうまく吸えない。
喉の奥から「かひゅっ…」という音がもれる。
乱暴に突き飛ばされて、佐久間は床に崩れ落ちた。
制服の中はぐちゃぐちゃで、吐き気と絶望で体が震える。
声も出ない。ただ小さく息を詰まらせるしかできなかった。
視界が涙で歪んで、壁も天井も滲んで消えていくみたいだった。
予鈴が鳴ったあとも、佐久間はしばらく動けなかった。
制服の襟元はぐしゃぐしゃで、涙の跡は拭いても拭いても滲んでくる。
脚が震えて力が入らない。
廊下を歩くたびに、周りの視線が全部自分を笑っているように思えて、喉が詰まった。
放課後。
昇降口の前で待っていてくれた阿部を見つけたとき、胸がぐっと痛んだ。
笑顔で手を振る阿部。
その笑顔だけで、涙がこみ上げそうになる。
心配そうに覗き込む顔が優しすぎて、息が詰まる。
佐久間は必死に笑顔を作った。
声が震えていたのは、自分でもわかっていた。
阿部の手が佐久間の頭をぽん、と撫でる。
その一瞬だけでも、少しだけ世界が明るく見えた。
佐久間は震える声で言った。
阿部は少し驚いた顔をして、それから微笑んで
と言った。
二人で歩く道。夕陽に照らされて長く伸びた影が寄り添っていた。
海。
夕陽が少しずつ沈んでいく。
空は茜色と群青が混ざり合って、波打ち際をオレンジに染めていた。
波の音が静かに耳を満たしてくる。
心の奥のざわつきまで、洗い流してくれるようだった。
阿部が言った。
佐久間は海に指先を触れていた。ほんの少し、足先も水に浸した。
小さく笑う。笑ってみせる。それだけで胸が痛む。
でも、阿部の隣にいるだけで、少しだけあったかかった。
声が震えそうで、急いで下を向いた。
波が引いていく砂の模様をじっと見て、ごまかした。
阿部は少し黙って、それから不意に言った。
その言葉だけで、胸の奥が崩れそうになった。
阿部の手をぎゅっと握った。
少し驚いたように見えたけど、優しく握り返してくれた。
喉の奥で詰まった言葉が、どうしても出せない。
阿部はそれ以上聞かなかった。
ただ、小さくため息をついて、海を見つめていた。
海面は金色に光っていた。
波の音が静かで、風が吹いて、少しだけ砂が冷たかった。
精一杯の声で、やっと出した言葉。
しばらく黙って並んで波を見た。
沈んでいく太陽と、これから夜になる空の色。
胸の奥で、静かに決意のようなものが芽生えていた。
帰り道。
佐久間は小さく頷いた。
阿部の部屋に入ると、安心する、大好きな匂いがした。
そのままぎゅっと抱きしめられたときは、少しだけ泣きそうになった。
夜遅くまでゲームをして、ベッドに並んで寝る。
電気を消したあと、阿部の横顔をじっと見た。
震えた声でやっと出せた言葉。
阿部は少し驚いた顔をして、それから笑って
と言ってくれた。
でも、心の奥底では知っている。
こんな時間はもう無いんだって。
涙がにじむのを必死に隠して、佐久間は阿部の匂いを深く吸い込んだ。
夜中、阿部が隣で寝息を立てている横で、佐久間は涙を止められずにいた。
頭の中で繰り返すように、「汚い」「笑える」「消えろ」という声が響く。
指先が冷たくて、心臓も冷たくなっていく気がした。
自分を慰める言い訳のようにそう思った。
そっと、阿部の頬に触れた。
寝顔は穏やかで優しくて、泣きそうになった。
震える唇をそっと阿部の額に触れさせた。
声にならない「ありがとう」を呟いて。
















編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!