皐月ねえの言葉に、息が止まる。
――三好先輩が、死んだ?
私、彼を助けられなかったの――?
食人衝動も抑えられなくて、
上嶋くんを傷つけてばかりーー
すぐ弱気になってしまう自分にはっとする。
それが悔しくて歯を食いしばった。
このままじゃ――何も――
携帯を持つ手に力を込めて、私は皐月ねえに言った。
私は思い切って携帯を一方的に切る。
皐月ねえが何か言っていたけど聞こえなかった。
陽翔くんの腕の中から、ゆっくりと体を起こして立ち上がる。
たどたどしいで足取り歩き出す私に陽翔くんは付いてくる。
そう言って私は体の痛みに耐えながらも、1人で昇降口に走り出した。
◆◆◆◆
発作で体が弱っているせいかいつもの半分ほどしか力を出せず、山を登るのに時間がかかった。
夕闇が後ろから忍び寄るように、空は暗くなっていく。
奥に進んでいくと、積み上がったゴミ山の一端が見えてくる。
私は木々の間にさっと身を隠して様子を伺う。
廃棄物の山に横たわっている死体を囲むように人影が見えた。
やたら黒い人影――黒いフードコートに、逆さハートの仮面がちらりと見える。
死体を囲みながら何かを話し合っているようだった。
耳を澄ませながら、死体を確認しようと目を凝らす。
薄明かりに照らされた顔は、全くの別人だった。
思わず驚いて、身を引っ込めてしまう。
身を隠し、口を塞いで息を止める。
命が脅かされる恐怖。
体が緊張して、どくどくと脈が速くなる。
漏れそうな息を必死で止めた。
ざわっと
強い風にさらされた木々が大きく揺らめいたーー
木々のざわめきに潜んで、私はゴミ山から離れた。
私は急いで山道を駆け下る。
見下ろした街が、夕闇にゆっくりと沈んでいくように見えた。
◆◆◆◆
太陽がほとんど沈んで地平線から僅かに溢れる光が街を照らしてる。
駅前の探偵事務所前を通りかかり、足が止まった。
事務所の窓を見上げるとブラインドが降ろされていた。室内の照明が僅かに漏れている。
そう思って立ち去ろうとした時。
声をかけられて、ばっと振り返る。
事務所の入り口に上嶋くんが立っていた。
君は、またそうやって私の前に現れてーー
私の心を掻き乱すんだ。
私の心を覗き込むように、上嶋くんは静かに語りかけてくる。
じっと、彼は私の言葉を待っていた。
生暖かい風が頬を撫でていく。
伸びた影が闇と混じりあって
夜に溶ける太陽の光が目に染みた。
ここで君を抱きしめられたら
好きって言えたらどんなにいいんだろう。
私は彼に背を向けて、ぐっと拳を握りしめた。
そして私は足早に立ち去ろうとする。
上嶋くんの手が、私の腕を掴んだ。
力強く、泣きそうなくらい温かい手のひらで。
上嶋くんは私の手を離さずに、こう言った。
ばっと、私は彼の手を振り切って後ずさる。
上嶋くんが切なそうに顔を歪めて、手を伸ばした。
好きでいると思ってるの?
苦しくて、辛くて、たまらなくて
好きで好きで、仕方なくて。
君を喰べたくて、喰べたくないから。
私は、くたくたの体に鞭を打つようにして走り出した。
遠くなっていく上嶋くんの声。
見慣れた景色と街の喧騒があっという間に過ぎていく。
街の向こうの太陽はもう完全に沈んで、私は夜の中に消えてしまいたいと思った。
住宅街に入って、私はとぼとぼと歩き出す。
体が限界を訴えている。
心ももう壊れそう。
私は通りかかった公園の塀に寄りかかって、座り込む。
ぽろぽろと、勝手に涙が溢れてきて。自分の体を抱きしめる。
泣いてる暇なんてないのに。
三好先輩を助けて、上嶋くんや美空を――守らなきゃいけないのに。
涙が輪郭を伝って、雫が一粒地面に落ちた。
顔を上げると、お日様みたいに笑った陽翔くんが目の前に立っていた。
陽翔くんをよく見ると、シャツが汗でくっついていて肩で息をしている。
陽翔くんはバックからレモン牛乳のパックを幾つか取り出した。
陽翔くんはそれぞれ片手で紙パックを幾つか持つと、ひょいっと空中に放り投げてジャグリングし始めた。
ひょいひょいと紙パックが回り、時には高く上がったパックを見事にキャッチする。
その見事さに、私は感嘆を漏らす。
そして全てのパックを天高く上げて、彼はターンして――回りながら降り注ぐパックを受け止め、両手を広げた。
ぱちぱちといつの間には私は拍手をしていた。
陽翔くんは照れくさそうに私の隣に座って、レモン牛乳を分けてくれた。
にかっとテレビで見たアイドルスマイルをする陽翔くん。
彼なりに私を心配してくれてるみたいだった。
陽翔くんの飲んでいるパックがじゅっと鳴って、ストローから唇が離れる。
寂しそうに空を扇ぐ陽翔くんは、そのときだけさわやかなアイドルの仮面を脱いだように見えた。
上嶋くん、美空――。
私が隠し事をしてるのは皆を守るため。
それが辛くても、私に笑いかけてくれるあの笑顔を守れるなら――。
私達は夜空の下で笑い合う。
ずっと暗かった気持ちが少し晴れたような気がした。
私は背を向けた彼の後ろ姿を見送り――
彼のズボンのポケットから覗く手帳を見て驚愕した。
見間違えようのない、あの印ーー
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。