第5話

影に差す光には
2,145
2019/04/24 03:24
九井原 皐月
九井原 皐月
……三好修吾の死体が見つかった
九井原 夕莉
九井原 夕莉
……え?
皐月ねえの言葉に、息が止まる。




――三好先輩が、死んだ?
九井原 皐月
九井原 皐月
男子高校生らしき死体が裏山でね……私達が彼と戦ったあのゴミ山よ
九井原 夕莉
九井原 夕莉
三好、先輩……
九井原 皐月
九井原 皐月
私も遠目での確認しかできなかったけど、きっと彼だと思う
私、彼を助けられなかったの――?
食人衝動も抑えられなくて、



上嶋くんを傷つけてばかりーー




すぐ弱気になってしまう自分にはっとする。



それが悔しくて歯を食いしばった。






このままじゃ――何も――
九井原 夕莉
九井原 夕莉
……私、行かなきゃ
携帯を持つ手に力を込めて、私は皐月ねえに言った。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
本当に三好先輩かどうか、確認してくる
九井原 皐月
九井原 皐月
な……!?
九井原 夕莉
九井原 夕莉
皐月ねえ、遠目でしか確認してないんでしょ。そしたら三好先輩じゃない可能性もある
九井原 夕莉
九井原 夕莉
だからごめん。心配してくれてありがとう
私は思い切って携帯を一方的に切る。
九井原 皐月
九井原 皐月
ダメよ夕莉! ――罠の可能性が
皐月ねえが何か言っていたけど聞こえなかった。


陽翔くんの腕の中から、ゆっくりと体を起こして立ち上がる。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
ありがとう陽翔くん。私やっぱり一人で帰らなきゃ
陸下 陽翔
陸下 陽翔
ちょ、ちょっと夕莉さん! その体じゃ
たどたどしいで足取り歩き出す私に陽翔くんは付いてくる。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
ごめんね、でも行かなくちゃ
そう言って私は体の痛みに耐えながらも、1人で昇降口に走り出した。
























◆◆◆◆
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(裏山まで走るのにだいぶ時間がかかっちゃった……)
発作で体が弱っているせいかいつもの半分ほどしか力を出せず、山を登るのに時間がかかった。
夕闇が後ろから忍び寄るように、空は暗くなっていく。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(相変わらず不気味ね……)
奥に進んでいくと、積み上がったゴミ山の一端が見えてくる。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
……!? 誰かいる
私は木々の間にさっと身を隠して様子を伺う。
廃棄物の山に横たわっている死体を囲むように人影が見えた。
やたら黒い人影――黒いフードコートに、逆さハートの仮面がちらりと見える。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(三好先輩を拐ったやつ……! 何人もいる……)
死体を囲みながら何かを話し合っているようだった。
耳を澄ませながら、死体を確認しようと目を凝らす。
???
ーーを置きっぱなしたのは?
???
ーー処理したはずだ。 ーーからは?
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(確かに、体格からして男の子だけど……三好先輩じゃ、ない?)
薄明かりに照らされた顔は、全くの別人だった。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(……だけど、三好先輩はどこに)
???
ーーーーこの食人鬼の死体を処理せねば
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(食人鬼の死体……!?)
思わず驚いて、身を引っ込めてしまう。
???
誰だ!!
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(バレた……!?)
身を隠し、口を塞いで息を止める。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(あの人たち、食人鬼を殺してる)
命が脅かされる恐怖。


体が緊張して、どくどくと脈が速くなる。
漏れそうな息を必死で止めた。
???
そこに誰かいるのか?
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(急いでーー逃げなくちゃ)
ざわっと
強い風にさらされた木々が大きく揺らめいたーー











???
……気のせいか
九井原 夕莉
九井原 夕莉
……はぁっ、はぁ

木々のざわめきに潜んで、私はゴミ山から離れた。

私は急いで山道を駆け下る。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(あの人たちが――食人鬼を捉えて、殺してる?)
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(ーーはやく、三好先輩を助けなくちゃ)
見下ろした街が、夕闇にゆっくりと沈んでいくように見えた。
◆◆◆◆






















太陽がほとんど沈んで地平線から僅かに溢れる光が街を照らしてる。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(家に帰ったら皐月ねえに謝らなくちゃ……)
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(それから、三好先輩を助けたいって)
駅前の探偵事務所前を通りかかり、足が止まった。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(上嶋くん――)
事務所の窓を見上げるとブラインドが降ろされていた。室内の照明が僅かに漏れている。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(私が、守るから)
そう思って立ち去ろうとした時。












上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
夕莉
声をかけられて、ばっと振り返る。


事務所の入り口に上嶋くんが立っていた。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
うえ、しまくん……
君は、またそうやって私の前に現れてーー






私の心を掻き乱すんだ。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
……なあ、少し話をしてくれないか
私の心を覗き込むように、上嶋くんは静かに語りかけてくる。


じっと、彼は私の言葉を待っていた。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
……言うことなんて、ないよ
生暖かい風が頬を撫でていく。

伸びた影が闇と混じりあって

夜に溶ける太陽の光が目に染みた。




ここで君を抱きしめられたら


好きって言えたらどんなにいいんだろう。



九井原 夕莉
九井原 夕莉
(君を……守りたい、だから……)
私は彼に背を向けて、ぐっと拳を握りしめた。
そして私は足早に立ち去ろうとする。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
待てよ
上嶋くんの手が、私の腕を掴んだ。


力強く、泣きそうなくらい温かい手のひらで。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
……お前、俺が勝手なやつだって言ったよな
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
それなら






上嶋くんは私の手を離さずに、こう言った。












上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
俺は勝手に、お前のこと好きなままでいる





ばっと、私は彼の手を振り切って後ずさる。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
……ゆ、うり
上嶋くんが切なそうに顔を歪めて、手を伸ばした。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
……本当、君って勝手だよ
九井原 夕莉
九井原 夕莉
私が――
九井原 夕莉
九井原 夕莉
どんな気持ちで……君を
好きでいると思ってるの?
九井原 夕莉
九井原 夕莉
君とは一緒にいられないの
苦しくて、辛くて、たまらなくて
九井原 夕莉
九井原 夕莉
だから
好きで好きで、仕方なくて。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
さようなら、上嶋くん
君を喰べたくて、喰べたくないから。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
待って!
私は、くたくたの体に鞭を打つようにして走り出した。





遠くなっていく上嶋くんの声。






見慣れた景色と街の喧騒があっという間に過ぎていく。






街の向こうの太陽はもう完全に沈んで、私は夜の中に消えてしまいたいと思った。





























住宅街に入って、私はとぼとぼと歩き出す。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(なんで……私)
体が限界を訴えている。
心ももう壊れそう。
私は通りかかった公園の塀に寄りかかって、座り込む。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(ーー食人鬼なんかに生まれちゃったんだろう)
ぽろぽろと、勝手に涙が溢れてきて。自分の体を抱きしめる。

泣いてる暇なんてないのに。

三好先輩を助けて、上嶋くんや美空を――守らなきゃいけないのに。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(私って、弱いな)
涙が輪郭を伝って、雫が一粒地面に落ちた。

















陸下 陽翔
陸下 陽翔
見つけた
顔を上げると、お日様みたいに笑った陽翔くんが目の前に立っていた。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
陽翔……くん?
陸下 陽翔
陸下 陽翔
良かったあ~やっと見つけられ……って、夕莉さん泣いてる!?
九井原 夕莉
九井原 夕莉
ううん、平気……
陽翔くんをよく見ると、シャツが汗でくっついていて肩で息をしている。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(私を、捜して走り回ってた……?)
陸下 陽翔
陸下 陽翔
ええっと、ちょっと待ってて
陽翔くんはバックからレモン牛乳のパックを幾つか取り出した。
陸下 陽翔
陸下 陽翔
見てて
陽翔くんはそれぞれ片手で紙パックを幾つか持つと、ひょいっと空中に放り投げてジャグリングし始めた。

ひょいひょいと紙パックが回り、時には高く上がったパックを見事にキャッチする。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
わ……
その見事さに、私は感嘆を漏らす。


そして全てのパックを天高く上げて、彼はターンして――回りながら降り注ぐパックを受け止め、両手を広げた。
陸下 陽翔
陸下 陽翔
じゃんっ!
九井原 夕莉
九井原 夕莉
……すごい
ぱちぱちといつの間には私は拍手をしていた。
陸下 陽翔
陸下 陽翔
……やっと笑ってくれた
九井原 夕莉
九井原 夕莉
……え?
陸下 陽翔
陸下 陽翔
なんだかずっと辛そうだったからさ
陸下 陽翔
陸下 陽翔
それから、会った時から君と俺って似てる気がして
陽翔くんは照れくさそうに私の隣に座って、レモン牛乳を分けてくれた。
陸下 陽翔
陸下 陽翔
貧血……だけってわけじゃないでしょ
九井原 夕莉
九井原 夕莉
……うん
陸下 陽翔
陸下 陽翔
俺で良かったら、相談に乗るよ。なんたって夕莉さんは運命の人だし、なんてね
にかっとテレビで見たアイドルスマイルをする陽翔くん。
彼なりに私を心配してくれてるみたいだった。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
……実は、大切な人に隠し事をしてて辛いんだ
陸下 陽翔
陸下 陽翔
隠し事、かあ…
陽翔くんの飲んでいるパックがじゅっと鳴って、ストローから唇が離れる。
陸下 陽翔
陸下 陽翔
んー……俺もさ、隠してて辛いことけっこうあるよ
陸下 陽翔
陸下 陽翔
悲しくても笑ってないといけないし、辛くても楽しくしてないといけない……その人のために
寂しそうに空を扇ぐ陽翔くんは、そのときだけさわやかなアイドルの仮面を脱いだように見えた。
陸下 陽翔
陸下 陽翔
でもそれって、大切な人のためだろ
九井原 夕莉
九井原 夕莉
大切な人……
上嶋くん、美空――。
私が隠し事をしてるのは皆を守るため。
それが辛くても、私に笑いかけてくれるあの笑顔を守れるなら――。
陸下 陽翔
陸下 陽翔
だからできるんだ。『皆のために、ただ君の為に俺たちはある』だよ
九井原 夕莉
九井原 夕莉
ふふ、それ『NOAH』のキャッチフレーズね
陸下 陽翔
陸下 陽翔
そう、『君のためなら僕はなんだってできる』
九井原 夕莉
九井原 夕莉
流石、『ヒーロー』ね
私達は夜空の下で笑い合う。
ずっと暗かった気持ちが少し晴れたような気がした。
陸下 陽翔
陸下 陽翔
家まで送っていこうか?
九井原 夕莉
九井原 夕莉
ううん、大丈夫。もうすぐそこだし
九井原 夕莉
九井原 夕莉
陽翔くんも、『ヒーロー』じゃなくて、友達としてありがとう
陸下 陽翔
陸下 陽翔
……! うんっ、それじゃあね夕莉さん!
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(最初は運命とか言われて面食らったけど、いい人なんだな……)
私は背を向けた彼の後ろ姿を見送り――









彼のズボンのポケットから覗く手帳を見て驚愕した。





見間違えようのない、あの印ーー










九井原 夕莉
九井原 夕莉
ーー逆さのハートマーク?

プリ小説オーディオドラマ