第5話 会えない距離
次の日。
あなたの下の名前は、学校を休んだ。
目が覚めても、起き上がる気になれなかった。
スマホはずっと裏返したまま。
見るのが怖い。
でも、見なくてもわかる。
まだ終わっていない。
あの写真も、噂も、全部。
(行きたくない)
学校も。
駅前も。
全部。
布団の中で、あなたの下の名前は目を閉じる。
すると――
思い出してしまう。
雨の日。
初めて会った時。
あの時の、少し驚いた顔。
それから何度も会って、
笑って、
話して。
(なんで)
胸が痛くなる。
涙がこぼれる。
会いたい。
でも、会えない。
会ったら、また全部壊れる気がする。
その時。
ピコン、と小さな音。
スマホの通知。
私はしばらく動けなかった。
でも。
震える手で、ゆっくりと画面を見る。
表示された名前。
元貴
息が止まる。
メッセージは一つだけ。
『少しだけでいい。会えない?』
その一文が、
やけに短くて、
やけに重い。
あなたの下の名前は、何度もその文字を見る。
返信しようとして、
やめて。
打っては消して、
また消して。
(会ったらダメ)
そう思うのに。
『……どこ』
気づけば、送っていた。
夕方。
人の少ない公園。
ベンチに座っていると、
足音が聞こえる。
顔を上げる。
そこにいたのは――
元貴だった。
いつもより少しだけ疲れた顔。
でも、
あなたの下の名前を見た瞬間、少しだけ安心したように笑う。
私は何も言えない。
ただ、距離を少しだけ取ったまま立っている。
その距離が、昨日よりも遠い。
元貴は一歩近づく。
私は反射的に、一歩下がる。
その動きに、
元貴の表情が一瞬だけ傷つく。
小さな声。
私は視線を逸らす。
声が震える。
元貴は何も言えない。
あなたの下の名前は続ける。
言葉が詰まる。
それが、本音だった。
元貴は少しだけ俯く。
また、その言葉。
私は首を振る。
静かな空気。
風の音だけが流れる。
しばらくして、元貴が口を開く。
あなたの下の名前を見る。
真っ直ぐな目。
心臓が強く鳴る。
私は何も言えない。
元貴は少し笑う。
その言葉が、重く落ちる。
胸が締め付けられる。
一歩、近づく。
今度は、私は下がれなかった。
その一言。
あなたの下の名前の目に涙が溜まる。
声が震える。
元貴は少しだけ驚いた顔をする。
あなたの下の名前は泣きながら笑う。
現実は変わらない。
元貴は芸能人で、
自分は一般人。
その差は、どうしても埋まらない。
私は一歩下がる。
その言葉に、
元貴は何も返せなかった。
私は背を向ける
小さく言って、
そのまま歩き出す。
今度は、
振り返らなかった。
その夜。
元貴のスマホに、一つの通知。
音楽アプリ。
新しいデモのタイトル。
『君にだけ届く歌』
再生ボタンを押す。
流れてきたのは、
まだ未完成のメロディ。
でも、
その中に確かにあった。
あなたの下の名前の言葉。
あなたの下の名前の声。
あなたの下の名前との時間。
元貴は目を閉じる。
誰もいない部屋で、
小さく呟いた。
この歌が、
もう一度あの人に届く日を、
願いながら。
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編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。