授業中。
黒板に書かれる数式を眺めながら、昨日の深澤の言葉を思い出していた。
『先生に呼ばれたら一番最初に探す。』
『戻ってきたら安心する。』
『いなくなると落ち着かない。』
何度も頭の中で繰り返される。
「……。」
気づけば、ペンが止まっていた。
「渡辺。」
先生の声がした。
「続き。」
「あ……。」
慌てて黒板を見る。
「すみません。」
教室に小さな笑い声が広がる。
でも、今はそれよりも。
頭の中に残った言葉の方が気になっていた。
昼休み。
あなたの名字は友達に呼ばれて、隣のクラスへ行っていた。
教室には俺と深澤と佐久間だけ。
深澤はいつも通り牛乳を飲んでいる。
佐久間は数学の問題集を開いていた。
「翔太。」
佐久間が顔を上げる。
「ん?」
「この問題、解けた?」
問題集を見せられる。
「ああ。」
途中式を説明する。
「ここを先に出して……」
「なるほど。」
佐久間が納得したように笑う。
いつも通りの笑顔。
その時。
教室のドアが開いた。
「ただいまー!」
聞き慣れた声。
反射的に顔を上げる。
あなたの名字が戻ってきた。
「遅かったな。」
深澤が笑う。
「廊下が混んでたんだよー。」
そう言いながら笑う。
その顔を見た瞬間。
胸の奥が少しだけ軽くなった。
「……。」
まただ。
深澤と目が合う。
何か言われると思った。
でも。
深澤は何も言わず、小さく笑っただけだった。
放課後。
校門を出て少し経ったとき、あなたの名字がコンビニに寄ると言った。
「先行く?」
佐久間が聞く。
「いや。」
気づけば答えていた。
「待つ。」
言ってから、自分でも少し驚いた。
深澤がこっちを見た。
三人で店の前で待つ。
ガラス越しに、あなたの名字が商品棚の前で悩んでいる。
どちらを選ぶか決めきれず、何度も手を伸ばしては戻している。
……いつものことだった。
「長いな。」
佐久間が笑う。
「悩んでる。」
自然に口から出た。
「詳しいじゃん。」
深澤が笑う。
「……。」
返せなかった。
なんで知っているんだろう。
いつも。
こういう小さなことまで。
少しして、あなたの名字が袋を持って走ってくる。
「ごめん!」
「決められなくて!」
「知ってた。」
思わず言った。
「え?」
「いつも長いから。」
「ひどい!」
笑いながら肩を軽く叩かれる。
その何気ないやり取りが。
なぜか、すごく嬉しかった。
夜。
部屋の電気を消す。
ベッドに横になって、目を閉じる。
浮かぶのは、あなたの名字のこと。
いつからだったんだろう、と考えてみる。
文化祭。
違う。
夏休み。
違う。
もっと前。
嘘告白の日。
きっと、あの日から。
ただ、気づかなかっただけ。
友達だから。
大切な友達だから。
そう思っていた。
でも友達なら、こんなに気にならない。
いなくなっただけで気になることも。
帰ってきただけで安心することも。
笑っただけで嬉しくなることも。
きっと、ない。
静かな部屋。
ゆっくり目を開ける。
「……。」
答えはもう分かっていた。
「……好き、なのか。」
口にすると、不思議なくらい納得した。
否定する気持ちはなかった。
でも。
すぐに伝えたいとは思わなかった。
今の関係を壊したくない。
それだけじゃない。
ちゃんと向き合いたかった。
自分のやるべきことを終えて。
胸を張って伝えられる時に。
その時に言いたい。
スマホを見る。
四人のグループチャット。
あなたの名字が送った、
『今日もお疲れ様!』
というメッセージ。
それを見て、少しだけ笑う。
今はまだ。
この気持ちは、自分の中だけでいい。
でもいつか。
自分の言葉で伝えたい。
そう思った。













編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!