第2話

一輪だけ咲いているチューリップ
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2026/05/09 03:00 更新
ゴールデンウィーク明けの五月七日。朝八時半過ぎ。新しい教室やクラスメイトになってから、早くも一ヵ月が経とうとしていたが、クラスの雰囲気はどんよりとしていた。授業が始まるまであと十分ぐらいだが、座席と人の数が合わない。きっと、休みで出てきた怠惰が抜けきれていないのだろう。
こがらし冬馬もそうだ。朝起きることが辛すぎて二度寝、三度寝をして母親に起こされた。
それはそうと、僕は昨日、幼馴染の一人である涼風すずかぜ夏葉なつはから『ネモフィラを観に行こう』と連絡が来ていたこと、そしてそれの返信を忘れていた。それを気付いたのはたったいま。スマートフォンを手に持って画面を見た時、「あ……」と無意識に呟く。
僕は急いでスマートフォンのキーボードで入力しようとした時、夏葉がいつの間にか目の前の席に座っていた。それを見て僕はビクッと肩を震わせる。
凩 冬馬
な、夏葉…さん?あのー、…ごめんメッセージ今気付いて……
涼風 夏葉
うん。じゃあ強制参加ね
彼女は顔を笑わせるが、目は笑っていない。既読無視をしたからか、夏葉の怒りは翌日になった今も収まっていないようだ。
流石に今メッセージに気付いたという嘘は通じなかったのに対して僕は自身に呆れた溜め息をついた。
約束の日の五月九日。
夏葉たちとは僕の家の前で待ち合わせて、夏葉が自信満々に春華と夏葉自身のコーディネートを説明していた。
春華の髪型は、茶色のロングヘアなのだが、毛先をウェーブさせている。服は、白色の無地のトップス、アイボリーのロングスカートとパステルピンクカラーのパンプス。バッグはパステルピンクカラーのショルダーバッグを肩に掛けている。
夏葉の髪型は、いつものポニーテールにサイドバングのところには黒色のヘアピンをしている。服は、ベージュのカーディガンを羽織って、下には白色のTシャツ。青色のジーパンと白色のスニーカーを履いている。
サイドバングというのは、前髪とサイド(横髪)をつなぐ、こめかみから頬にかかる部分の髪のことを指す。
僕はファッションに無頓着むとんちゃくなので適当に、クローゼットから白色のパーカー、紺色のジーンズを取り出して着ている。
秋樹あきも僕と同じようにファッションに無頓着なのだが、今日はネイビーのデニムシャツ、黒色のスラックス、赤と白のスニーカーを履いている。髪はいつも通りのショートカット。普段と違うところをいえば、細い黒縁の伊達メガネを掛けていた。
僕たちは、ネモフィラで有名な場所へと、電車を乗り継いで行った。電車で過ぎた公園には八重桜が咲いていた。
休日だからか、人が多い。家族や恋人で来ている人が多い印象だった。
受付で入場料を払って中に入って、少し歩いたところでネモフィラを見つけた。綺麗に咲いているが、見頃を過ぎかけようとしているのか、何輪か、花の茎が少し色が褪せていた。
ネモフィラは高温多湿に弱い植物。だから、夏前には枯れる。昨日、事前にネモフィラについて調べたらそう出てきた。
涼風 夏葉
冬馬!何ぼーっとしてんの。告白するなら今だよ!
凩 冬馬
何言ってんのお前…
夏葉が言った言葉でネモフィラに対して儚さを持っていたのに、台無しにされた感覚がした。
近くにいた二組のカップルが僕たちを見ると、なぜか懐かしそうに目を細めている。
その時、春華と指が触れた。僕は顔が熱くなるのと同時に咄嗟に「ごめん」と言い、春華の指から離した。心臓の音がうるさい。これは恋ではなく、夏葉の言葉によってその場の空気にまれただけだと思い込む。
春華の顔を一瞬見ると、頬が赤くなっていることに気付く。僕は内心でも"ごめん”と呟いた。
涼風 夏葉
春華も冬馬も照れちゃって!
僕は秋樹に目配せをすると、彼は夏葉の腕を掴んでネモフィラのエリアから離れて行った。
邪魔者はいなくなったと、ほっとしていると、「痛っ」と微かに春華の声が聞こえた。彼女はしゃがみ込んで、パンプスを履いている足のかかとに手を置いていた。
その様子を見て、僕はすぐに靴擦れだと分かった。頭よりも先に体が動く。春華を片腕で背中を支え、もう片腕で膝裏を支えて水平に抱きかかえ(いわゆる、お姫様抱っこをして)、近くのベンチに座らせる。
櫻井 春華
と、冬馬…くん……?
困惑して呼ぶ声が聞こえるが、僕は彼女の前にしゃがみ込むと、自分のバッグから絆創膏を取り出して靴擦れた部分に貼ろうとした時、ふと冷静になる。
凩 冬馬
あ……
春華の顔が真っ赤に染まっていた。目を伏せて恥ずかしそうにしている。それもそうだ。許可もなくお姫様抱っこをされ、ベンチまで運ばれた後、そのまま足に僕の指が触れる寸前だった。
凩 冬馬
ごめん!えっと…絆創膏渡すから…自分で貼ってくれる?
彼女は震えた手で僕の手から絆創膏を受け取ると、静かにパンプスを脱ぐと靴擦れた部分に貼る。
僕はその様子も見ていられなくなり、目を逸らしていると、ネモフィラの近くに一輪のピンク色のチューリップが生えていることに気がついた。
櫻井 春華
……ありがとう
人のざわめきでかき消されそうなほどの小さな声で彼女は言った。
櫻井 春華
私の言葉を、ちゃんと聞いてくれてありがとう
その声を聞いて、僕の心臓は速く波打つ。きっと、これもこの場の雰囲気に呑まれているせいだ。そう思い込む。……思い込みたかった。
春華の照れた顔を見るまでは。

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