人の感情というものは、よく目に表れる。
【0日目、10月14日】
平日の昼下がり。ほとんどの学生や大人達は学校や仕事に行っているのだろう。通勤ラッシュでも帰宅ラッシュでもないこの時間帯のバスの中は、無人ではないもののがらんとしていて、その分心なしか走行音が大きく聞こえた。
バスの中からちらほら見かけるのは子供連れあるいは買い物帰りの主婦や、店の番をしている店員。その客。犬の散歩をするご婦人。黒い野良猫。
そんな中、この街ではあまり見かけない日本人離れした顔立ちの少女が一人、バスからこの地に降り立つ。
一般的な日本人と比べて少し色素の薄い髪色は風に吹かれて靡いた。丸い青緑色の瞳は太陽の眩しさからか細められる。だが何よりも目を引くのは彼女の左手の甲に刻まれた赤く妖しげな紋様だろう。
少女の名はポーレット・シャントルイユ。
この地で10年ぶりに行われる第六次聖杯戦争の参加者となるマスターの一人である。
_____聖杯
それはありとあらゆる願い、どのような願いだって叶えるとされる万能の願望器。
7人の魔術師たちが7つのクラスのサーヴァントを召喚し、それを求めて争う殺し合いこそが聖杯戦争だ。
とはいえ、聖杯戦争とはあくまで魔術儀式に過ぎない。とある3人の魔術師が手を組み、根源への到達を願って成立させた儀式。ありとあらゆる願いを叶うとは言うが、本来ならそれは根源への到達の副産物でしかないはずだったのだ。
だがいつからだったか。
この世の全ての魔術師たちの目標にたどり着くための儀式だったはずのそれが、その意味を失い始めたのは。
目を伏して予め調べあげてきた聖杯戦争という儀式の事を思い返す。
自分だってそうだ。根源への到達なんて大義名分は魔術師の端くれとして掲げているだけ。己が本当に求めているのはその、ありとあらゆる願いを叶えることができる副産物の方なのだから。
左手を天に翳し、その赤い紋様を仰ぎ見る。
聖杯戦争への参加権とも言える令呪は本来なら遠坂、マキリ、アインツベルンの始まりの御三家に優先的に宿るらしい。あとは聖杯を望む者のうちで聖杯の近くにいる者から宿ったり、あるいはたまたまサーヴァントを召喚してしまった者に後から宿ることもあるらしいが……
ポーレットはそのどれにも当てはまらない。そもそも自分が聖杯戦争に参加できるなんて夢にも思わなかった上に想像だってしていなかったのだ。望むも何も無い。
____なら果たして何故令呪が自分に宿ったのか。優秀な兄を差し置いて、この無才の私に。
ポーレットはそれを知るためにこの地を訪れた。
例え己を待つのが答えを得ることもできず、願いも叶わず、失意の中で苦痛に悶えながら息絶える運命だったとしても。それでも、あの息苦しい家の中で延々と燻り続けるよりも遥かにマシだと思ったから。知りたいと、得たいと望んだから。
彼女は今、ここに居る。
ポーレットは気合いを入れ直すようにパチンッと自身の両頬を叩き、荷物を持ち直した。
これは持論だけれど、人の感情というものはよく目に表れていると思う。
目を見開く。目を瞬かせる。目を輝かせる。目を見張る。目を細める。目が泳ぐ。小説でよく見る表現を軽くあげてみるだけでもこんなにある。
今でも目線が私に集まっているのを感じる。そこに滲むのは物珍しさや興味。日本人では無い人間が街を歩くことくらい今どきそこまで珍しいことでもないと思うけど、やっぱり気になるものだろうか。
この人の目もそうだ。最初は物珍しさや興味。私が予め考えておいた妥当な理由を説明するの、感心したように頷いた。裏表がない良い人なようだ。まぁ私のことを知らないから当然なのかもしれませんけど。
魚屋のおじさんとその後も少し会話を交わして、魚を受け取ってその場を離れた。
いつからだろう。人の目にこんなにも敏感になったのは。
幼い頃は魔術が嫌いだった。
なら今は好きか、と聞かれたら別に嫌いではないけどそこまで好きでもない。
シャントルイユは200年も続いている魔術師の家系だ。とは言っても、300年も500年も1000年も続いてる家系がそれなりにあるこの魔術師の世界では200年なんてそう大したものでは無いのかもしれないけど。
それでも、父様も母様も優秀な魔術師であったことに間違いは無い。そしてそんな2人から生まれた兄様もまた、優秀だった。だから、私のように魔力も魔術回路も少ない娘が産まれたことが信じられなかったのだろう。もしくは信じたくなかった、か。
一番最初に学んだのはもちろん、この家系が得意とする召喚術。本当に弱い使い魔を使役するくらいならできるけど……でもその程度。
両親は私に召喚術が向いていないだけでもしかしたら私に適した魔術がほかにもあるのかもしれないと、諦めずに何度も私に様々な魔術を教え込んだ。
もちろんその指導が甘いはずなんかなくて、流石に幼い子供だった私が死なないようにという配慮はあったのかもしれないけど、でも、それだけ。
痛くて痛くて痛くて痛くて、怖くて怖くて怖くて怖くて。
だから魔術を習う時間は本当に嫌いで苦痛でしかなかった。なんで私は魔術師の家系に生まれちゃったんだろうとか、魔術なんて使いたくないとか、そう両親に隠れて兄様に泣きついていた記憶がある。
黒魔術、失敗。
錬金術、失敗。
転換、失敗。
蝶魔術、失敗。
投影、魅了、ルーン魔術、獣性魔術、呪術___全て失敗。
治癒魔術は出血を止めるくらいならできた。ただし完治させるのは難しく、欠損した部位を治すなんて以ての外。飛行魔術も、りんご3個を少し浮かすだけで精一杯。飛ばすとなるとせいぜいそこら辺の小石でギリギリ。
でも強化魔術だけは私にも才能があるかもしれない……なんて、思っていた頃はあった。実際に習ってすぐに身体能力をあげる事には成功したし、それが基礎中の基礎であることなんて知らなかった子供ながらにはしゃいでいた。
でも結局多少身体能力をあげるくらいしかできなかったし、何か別のものに強化魔術をかけることも、長年研鑽を詰んだ今がようやくといったレベル。
そして何より、私の魔術回路と魔力の少なさが足を引っ張っていた。
_____もう、いい。お前にできることは何も無い。無駄だ。無駄だった。お前を作ったことも、お前に期待したことも、お前にかけた時間も、その全てが。そしてこれからも、きっと全て無駄なのだ。
_____お前にはもう、何も期待しない。
父様が私にそう吐き捨てた時のその目が、嫌だった。
何も期待しないと、全てが無駄だと、そう吐き捨てるような目を他でもない実の親から向けられた。
道端に転がったゴミを見下ろすような目。冷たく、無機質で、私を崖の上から無慈悲に突き落とすような、そんな目。
そんな目で見ないで!なんて、言葉にすることも出来ず、ただ心の中でずっと叫び続けている。父が私をそんな目で見るようになったその日からずっとずっと叫んでいる。
ただそんな叫びは誰も聞いてくれないし、聞いてくれたところで聞き入れてはくれないだろう。少なくとも、私が私自身の価値を周りに示さない限りは。
だから、示すしかない。
だから地獄のような鍛錬も積んで、気が遠くなるほどの知識だって身につけた。努力して、努力して努力して努力して努力して。
努力して。ようやく巡ってきたチャンスは果たして私の努力が報われた結果なのかはわからないけど。
私はここで、私の18年の全てを、全ての努力を示す。
【1日目、10月15日、深夜】
日はとっくに沈み、高層ビルの立ち並ぶ新都はまだ明るいものの住宅街である深山町はしんと静まり返っている。
カチコチカチコチと控えめに時を刻む懐中時計はあと数分で深夜2時を指すところ。そんな時間に私は柳洞寺の裏手の森に居た。私はここで、サーヴァントを召喚する。
この場所を選んだ理由は二つ。
一つは人目につかないようにするため。魔術師にとって神秘の秘匿は絶対だ。一般人に魔術を見られることは禁忌であり、その秘匿のためなら殺しすら厭わない。罪のない一般人を巻き込まないためにも、あるいは面倒事を減らすため、人に見られないようにする必要がある。
もう一つは私の魔力の問題だ。悔しいが、現実的に考えて私の魔力は一般的な魔術師にも劣る。その上サーヴァントという存在は、使い魔と言うにしてはあまりに強力すぎる存在で、魔力の消費だって尋常ではない。だから少しでも大気に満ちている魔力の多い場所でそれを補うのだ。
で………選んだのがここなわけなんですけど。
そもそもこの冬木市が聖杯戦争の地に選ばれた理由は土地の魔力の量が凄まじいものだったからだ。そしてこの柳洞寺は冬木市の中でも最も魔力の集まる場所。そう調べはついていたものの、実際その場に身を運んでみると圧倒される。
でもきっと、私にはそれじゃ足りない。
この召喚の儀式を中途半端にするわけにはいけない。念には念を。少しでも強い英霊を召喚する必要があるのだから。
足元には既に魔法陣を書いてある。私が毎日コツコツと貯めていた血液で消去の中に退去、退去の陣を四つ刻んで召喚の陣で囲む。
魔力の消費量は半端ないものの、召喚の手順はそう難しくは無い。この魔法陣を刻んであとは詠唱を唱えるだけ。
本来なら触媒を用意するのが普通だけど、英霊の遺物を集めるなんて簡単なことでは無い。だからどの英霊を呼ぼうかなんて狙いを決めることもできないし、一発勝負だ。
ポケットから取り出したのは透き通った美しい結晶。これは父様から与えられたものだ。
大気の魔力を凝縮して固形化したもの。こんな小さな欠片に物凄い量の魔力が詰まっている。……いや、この結晶は魔力そのものと言っても過言ではない。そう簡単に手に入るものでもなく、私が父様から貰ったのは3欠片のみ。今から召喚に使うから残りは2欠片。
魔力が少ない私の切り札。いざと言う時のために大事に取っておかなきゃいけない。なにより、これを与えられたことの意味は言われずともわかっている。
ここで失敗すれば、私にはきっともう後がない。
小さく言葉にした。
ふぅ、と息をついて心を落ち着け、雑念を消す。
イメージするのはマッチを擦って火を起こす時の様子。ボッと火がついて辺りを暖かく照らす。このイメージをもって、私は魔術回路を開いた。
途端に体中に流れ始める私の魔力。魔力の結晶も反応してほのかに光り始める。木々は揺れ、雲の隙間から顔を覗かせた月明かりが辺りを照らした。
魔術の行使には痛みを伴う。ギリリと歯を食いしばってその痛みに耐える。そして、その詠唱を口にした。
魔法陣が、そして左手に刻まれた令呪が、赤く光り始める。
痛い。痛い、痛い、痛い、痛い。
普段ここまで使うことなんてない魔術回路が悲鳴を上げているのがわかる。マグマの様に熱い魔力が、魔術回路という神経を通じて全身を流れているのだから、そりゃ死ぬほど痛い。
でも、だからといって辞めるわけにもこの集中力を途切れさせるわけにもいかない。
汗が頬を伝ってポタリと地面に落ちた。それにも構わず、詠唱を続ける。
魔法陣がさらに強い光をあげた。先程よりもさらに多くの量の魔力が吸い取られていく感覚。魔力と共に体の力まで抜けていく気がする。
苦しい、けど………もう最後、これで決まる。
魔法陣が今までいちばん強く輝いた。
瞼の裏を突くような、眩い光。
反射的に目を閉じながらも、精一杯の力を込めて叫ぶ。
そう唱えた時、もう魔力はすっからかんだった。それでも、目を閉じていても分かるその存在感。どうやらギリギリ召喚には成功したらしい。私はもう体に力が入らなくてその場にへたりこんでしまったけど。
力強く透き通った、まるで美しい湖のように凛とした声が聞こえて目を開いて見上げる。
月明かりに照らされてその騎士は佇んでいた。そのあまりの美しさに息を飲み、気高い雰囲気に固唾を呑んだ。
そして彼女は再び口を開く。
私はその日、運命を見た。















編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。