<胡蝶side>
私は、この山にいる鬼の中でいちばん気配の強い鬼の所へ向かっていた。
正直、私が行かなくてもいいような気がしている。
何故って、もうそこには冨岡さんがいるからだ。
だが、人手はあったほうがいい。
それに、人が誰か怪我をしているようだ。
天然ドジっ子の冨岡さんよりも、薬学や医学に精通している私が行って治療した方がいいだろう。
私がいた場所から冨岡さんのいる場所までの距離はは意外と近く、すぐに現地に着いたが、私は感じた違和感に思わず声を上げる。
おそらく鬼殺隊士であろう傷だらけの少年が、鬼の女の子を庇うように倒れており、その目の前に冨岡さんがボケーッと突っ立っているのだ。
鬼が目の前にいるというのに、何をしているのだろうか。
私は小さくため息をついて、刀を抜きながら地を蹴った。
一撃で仕留めるつもりだったのに、何故か冨岡さんが邪魔をしてきた。
冨岡さんも自らの刀を抜いて、私の刀を弾き返してきたのだ。
私は空中で体勢を整え、着地する。
少年が、急に出てきた私に驚いたようにこちらを見ていた。
だが、私はそれに構わずに冨岡さんに言い放つ。
きっと、この人がいちばん気にしているであろうことを。
案の定、私に言われた瞬間に、冨岡さんが硬直した。
もとより死んでいる表情に変化はないが、明らかに動揺していることがわかった。
何故か、冨岡さんだけではなく、少年の方まで驚いた顔をしている。
ふと、冨岡さんが口を開いた。
何を言うのかと思い、私は微かに身体を前のめりにする。
それを聞いて、私は思わず笑顔を消してしまった。
その言葉は、少なからず私に動揺を与えたのだ。
そして、またもや少年が驚いたようにあんぐりと口を開けている。
それを見て少し我に返った私は、消えてしまった笑顔を再び取り繕う。
私が更に毒を吐くと、冨岡さんは今度こそ黙ってしまった。
それをいいことに、私は少年に向き直る。
そして、内緒話をするように口元に手を当てた。
私が呼ぶと、少年は驚いたような顔をしながらも返事をしてくれる。
素直ないい子だ。
私は笑みを浮かべたまま、少年に話しかける。
すると、少年はあわあわと視線を泳がせながら言った。
その言葉を聞いて、私は少し驚く。
実の妹だとしても、鬼殺隊士なら、鬼であり危ない存在であることはわかっているだろうに。
言いながら、私は目を細めて笑みを深め、刀を構えた。
少年は、私の言葉に目を丸くする。
話が通じなかった驚きもあるのだろうが、私が「毒」と言ったことにも驚いている様子だ。
ふと、冨岡さんが口を開いた。
その言葉は、私に向けられているものではないとすぐにわかる。
私は怪我ひとつしていないのに、私に「動けるか」と聞いたなら、相当の阿呆だ。
_____この人、こんなに脳筋だったかしら。
ふと、私は思ってしまうが、冨岡さんが次に発した言葉でそんな思いは消え去る。
仮にも鬼殺隊の柱である人が言う言葉ではない。
私が驚いて動けないでいると、少年が驚いと嬉しさが入り交じった様子で返事をし、私達に背を向けて走り出した。
鬼を抱えて。
私は、こめかみに青筋が浮き出ているのを自覚した。
しばらく、私と冨岡さんとの追いかけっこが繰り広げられた。
私は木の枝から木の枝を移って少年を追いかけ、冨岡さんは地上を走って私を追いかける。
そこには、明らかな速さの差が出ていた。
私の少し後ろを走っている冨岡さんに向かって、私は挑発の言葉を投げかける。
だが、顔色ひとつ変えない冨岡さんを見て、私は眉を寄せた。
そして、忠告する。
あの少年の敵は、私だけではないことを。
もうひとり、私から命を受けて、鬼を狩ろうとしている人がいることを。
だが、そう言っても私を追いかけるのをやめない冨岡さんに嫌気が差して、私は大きく飛び上がった。
すると、下から地を蹴る音が聞こえた。
振り返ると、目の前に冨岡さんが迫っていた。
私は今、冨岡さんに拘束されている。
ギチギチと私を締め上げる冨岡さんの力は、やはり女で小柄な私よりもかなり強い。
私がこめかみにピキピキと青筋を浮かび上がらせながら言っても、冨岡さんの気配は揺らがない。
凪いだ水面のように穏やかな気配を揺らがせない。
それが癪に障って、私はその気配を揺らがせようと、冨岡さんの地雷である言葉を投げかけた。
私が言うと、冨岡さんの気配が一瞬だけ揺らいだ。
______凄く、面倒臭そうに。
私が更に言葉を続けようと口を開くと、冨岡さんがそれより先に口を開いた。
私の言葉に、冨岡さんの身体が微かに動いた。
いつも通り「心外!」とでも思っているのだろう。
面倒臭くなった私は、履いている草鞋に仕込んでいる刃を出す。
そして、ヒュッと風を切りながら冨岡さんの顔面目掛けて足を上げた。
どうせ隊律違反で罰を受けるのだ。
ここで怪我をさせても違反にはならないだろう。
だが。
急に聞こえた鎹鴉の声に、私達は揃って動きを止める。
2羽の鴉が、交代交代に喋る。
確か、先程の少年は額に痣があり、その少年が「妹だ」と言って庇っていた鬼は竹を噛んでいたはずだ。
殺さないでいてよかった。
私が脱力して足を下ろすと、冨岡さんは私を解放してくれた。
私達は、無言で歩き出す。
きっと、あとはカナヲと隠の人達が何とかしてくれるだろう。
ふと、視界が明るくなった。
もしかして、と思い、東を見ると、太陽が昇り始めている。
私達の任務は、今この瞬間、終わったのだ。












編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。