第11話

ガーベラと日記①
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2025/05/31 02:00 更新
 誰かがきっと、これを読んでくれる日が来ることを祈ります。
 この記録が、大切な人たちを助ける鍵となりますように。
【■■■■年■月■日】
 連れてこられたのは、ファティシオーネ教団という、最近街で活動している宗教団体の施設だった。なんでもファティシオーネ様という神様を信仰しているそう。彼らには病気を治す知識があるそうで、いつも流行り病に苦しむ人たちを無償で治療してくれている。
 今日は、教主様という人に会った。その人の話によると、私とレグルスを引き取って育ててくれるとのことだ。
レグルスは私の弟みたいな存在。本当の姉弟じゃないけどね。レグルスに出会ったのは、貧民街のゴミ箱を漁っている時だった。流行り病が蔓延はびこっていて、みんな自分が生きていくだけで精いっぱい。子どもたちを育てる余裕なんてほとんどなくて、貧民街には行き場を無くした子どもたちがたむろっていた。私もレグルスも親に捨てられていたから、すぐに打ち解けることができた。二人で助け合ってどうにか一日をやり過ごす毎日を繰り返していたとき、助けてくれたのがファティシオーネ教団の人達だった。
 連れてこられた施設はとても良い場所だ。温かいベッドで眠れるし、美味しいスープとパンもお腹いっぱい食べられる。屋根があるから雨に凍えることもないし、明日も生きていられるか、なんて不安に思うこともない。
 教主様は「怖いことは何もない。ファティシオーネ様が君たちをお守りくださるからね」と声を掛けてくれた。本当に、そうだと思う。
 ノートとペンをもらった。机も用意してもらえたし、文字の書き方もひととおり教わった。だから練習としてここでの暮らしを日記に残すことに決めた。
 誰かに見られたら困るだろってレグルスに言われたから、ちゃんと鍵も掛けた。
『0707』
 私とレグルスが出会った日。星がすごく綺麗に見えたことをよく覚えている。
 病気が流行る前はお祭りもやってたんだけどなあ。教団が病気から街を救ってくれたら、またお祭りに行けるかな。レグルスは行ったことないって話してたから、私が色々教えてあげるんだ。
 支離滅裂かも。これを読んだレグルスは、思ったことを書けばいいよと笑ってた。
 レグルスが笑うようになって嬉しい。
【■■■■年■月■日】
 街の人達が頻繁ひんぱんに施設に出入りするのを見るようになった。この前は病気を治してくれたお礼だと言って幹部の人達に大量のお金を渡していた。貧民街にいた女の子が赤ちゃんを連れて来たこともあった。彼女は赤ちゃんの病気を治してほしいとお願いしていたけど、お金を持っていないからと追い返されてしまった。前はお金なんて取らなかったのに。そう聞くと幹部の人は「ただで助けてもらおうとするなんておこがましい」って言った。
 変わったことと言えば、ここ数日毎朝お薬を飲まされるようになったこともそう。白い小さな錠剤。私もレグルスもどこも具合なんて悪くないのに。街に蔓延まんえんしていた流行り病も、教団が治してくれていて収束してきていたはずなのに。それに、この薬を飲むと変な声が聞こえてくる。目の端が虹色になって気持ち悪くなってくる。何なのかと聞くと、それはファティシオーネ様と繋がっている証だと言われた。本当にそうなのかな。
【■■■■年■月■■日】
 どうやら私とレグルスは神の子らしい。最近は教主様も幹部の人達もガーベラ様、レグルス様と呼んでくる。教主様がくれる白いお薬を飲むたびに、幸せな気持ちになって、身体が軽くなって何でも出来そうに思える。ファティシオーネ様の声もはっきり聞こえるようになって、その姿も見えるようになった。ファティシオーネ様が話していることを教主様が聞きたいというから通訳するのが私の役目になった。レグルスは、いつも薬を飲んだあと、私が一人で宙に向かって話してるって言うけど。レグルスにはまだファティシオーネ様の声や姿が見えていないみたい。きっとそのうち見えるようになるよ。
 私が通訳したことを、教主様が信者や街の人に伝える。ファティシオーネ様を信じていなかった街の人達も次第に信じるようになってくれて、施設に出入りする信者の人達が増えた。教主様の役に立てているのはとても嬉しい。
【■■■■年■■月■日】
 あの白い薬は、病気を治すためのものじゃなかった。私たちを、病気にするためのものだ。ファティシオーネなんて神様はいない。全部全部、薬の影響でそう思い込まされているだけだったんだ。初めは街の人達を助けるために生まれたはずの宗教だったけど、教主たちはお金に目がくらんでしまって、貧しい人を助けなくなってしまった。
 もっと力を付けたいと思った教団は、神の子を作ろうと考えた。自分たちが信じるファティシオーネ神が本当に存在しているって示したかったからみたい。そこで何も知らなかった私とレグルスに目を付けたようだった。私たちはまだ16歳だったから、神の子にできると思ったみたい。それで薬を飲ませて、幻覚や幻聴を見せて、ファティシオーネが見えたって言い張ったみたい。
 こっそり忍び込んだ記録保管庫に、そんな内容の資料が残されていた。私たちが毎日薬を飲んで話したことが全部書かれていた。このままじゃ教団に利用されるだけだと思ったけど、もう逃げ出すことはできない。私もレグルスも施設から出ることは許されないから。
 それから少し経って引っ越しをしよう、と教主が言い出して、私たちは街から出ることになった。船で海を渡ると小さな島が見えてきた。そこは『ニソラベック』と名付けられていた。私たちの他にも数人の孤児たちが連れてこられていたから私とレグルスは、ここで次の神の子を作るつもりなんだと思った。
 私もレグルスも、薬を飲んでいない間は身体が重くて、あんまり動けなくなってしまっていたから。もう手遅れなんだ、何もかも。
【■■■■年■月■日】
 ニソラベックに移住して二年ほど経った。私もレグルスも、まだどうにか生きている。すっかり薬が無いと起き上がることも出来なくなってしまったけど。
 教団がどんな布教をしているのかはよく知らないけど、ニソラベックは街で『神の島』と呼ばれているようだった。街から島にやってきた子が挨拶に来てくれる時、みんな「神の加護を受けている島に来られて嬉しい」って話すから。
 ニソラベックに暮らしているのは、ファティシオーネ教の教主、幹部、信者である教団員と、神の子である私とレグルス、そして神の子候補の子どもたち。子どもは年に数回街から送られてくることもある。その子たちの中には孤児もいれば貴族とかの富裕層が加護を授けたくて寄付金と一緒に送ってくる場合もあった。二年も経つと島内で生まれた子も何人かいた。島生まれの子を見分けるのは簡単。外部の子と区別するために、女の子には花の名前、男の子には星の名前が付けられてるから。私とレグルスの名前にあやかっているんだって。
 ニソラベックに来て変わったことといえば、神の儀式と加護の儀式ができたことくらいだと思う。神の儀式は、私が薬を飲んで聞こえた声をそのまま伝えるもの。薬の副作用で聞こえている幻聴なのに、教主たちはありがたがって聴いている。もう一つの加護の儀式は、子どもたちに薬を与える儀式。上手くいけば私みたいにファティシオーネの声が聞こえる子が生まれるし、そうでなくても多少副作用は出るから、それをファティシオーネからの加護だと偽っている。子どもたちはみんな学校や、親代わりの教団員たちとの生活を通して小さいころから少しずつ薬を投与されていく。そして16歳の誕生日に、儀式として一度に大量に薬を摂取させられる。初めは16歳のときにいきなり薬を与えていたけど、すぐにだめになっちゃう子が多かったから今の方法に変わった。
 ……嫌だな、こんなこと冷静に書けてるなんて。いや、薬を飲んだばっかりだから、冷静ではないのかも。もう分からない。どっちが普通の私なのか。
 私も何度も加護の儀式に立ち会っているけど、加護を得たって子どもたちが言うたびに申し訳ないと思ってる。私に力があったら、終わらせるのに。
【■■■■年■月■日】
 今日は、いつもと違っていた。街から来た子の儀式に立ち会ったんだけど、その子は教会に来た時の目つきから他の子と全然違うと分かった。私を見てたたえることもなく、教主に笑いかけることもなかった。
 その子は、ロレンツ・キャンベルという男の子。背が高くて、ニソラベックでは珍しい赤毛に翠色の瞳をしていた。

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