雨だった。
夜の街を、一人で走る。
背後から迫る怪人の足音。
転んだ拍子に足をひねり、立ち上がれない。
──終わった。
そう思った、その瞬間。
低く落ち着いた声。
次の瞬間、闇から無数の黒い触手が伸びた。
触手は怪人を一瞬で拘束し、そのまま宙へ放り投げる。
ぱちん、と指を鳴らす。
触手が一斉に締め上げ、怪人は光となって消えた。
静寂。
雨だけが降っている。
彼はゆっくり振り返る。
星空のような瞳。
ヒーロースーツの背中では、まだ何本もの触手がゆらゆら揺れていた。
そっと差し出された手。
その笑顔を見た瞬間。
胸が苦しくなるほど高鳴った。
恋だった。
その日から、私はヒーロー、星導ショウのファンになった。
それから数週間。
偶然だった。
街で何度も彼に助けられる。
財布を落とした日も。
転びそうになった日も。
不審者に絡まれた日も。
必ず現れる。
少し嬉しそうにしながら笑う星導さん。
(すごい偶然……)
私はそう思っていた。
でも。
その"偶然"は、あまりにも多すぎた。
ある日。
彼はそう言った。
そう言って笑う。
少しだけ。
ほんの少しだけ。
違和感を覚えた。
その夜。
マンションの屋上。
誰もいない屋上で、星導は呟く。
触手がゆっくり伸びる。
一本は電柱へ。
一本は街灯へ。
一本は向かいのビルへ。
そして最後の一本は。
あなたの部屋のベランダ近くまで静かに伸びていた。
触手の先が、小さく揺れる。
まるで主人へ報告するように。
星導は安心したように笑う。
そう言いながらも。
その瞳は少しずつ熱を帯びていく。
最初は。
助けたいだけだった。
でも。
毎日見て。
毎日心配して。
毎日無事を確認して。
気付けば。
"見ていない時間"が耐えられなくなっていた。
苦笑する。
触手がゆっくり夜空へ溶ける。
その声は穏やかなまま。
けれど。
誰にも聞こえない場所で。
英雄の想いは、少しずつ、静かに形を変え始めていた。














編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!