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第1話

第一夜 「退屈な日々」
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2021/12/02 17:32
 退屈って思うこと君たちにはない?僕はこの人生一生退屈だって思う。大人たちの戯言に耳を傾けてはいけない。何もいいことはない。大人の敷いたレールの上を歩くか歩かないのかは君たち次第だよ。

 退屈って感じるのは日常茶飯事。朝起きて窓から太陽の光が僕の目を刺激するときも、一人で朝ご飯を食べてるときも、中学校に仕方なく行くときも。毎日が退屈。面白いことなんて起きない。
 中学三年生。勉強に追われる日々になってしまった。空を見上げればいつだってやる気のない太陽と雲が空を泳いでる。
 学校につくと僕は本を開く。本は居心地がいい。誰にも邪魔されないで本の世界を歩けるから。
 「席につけー。」
 なんとも野太い声が教室に入ってきた。教師の山田だ。一見優しそうに見えるが全くもって優しくない。僕みたいな助けを呼ぶ声にすら耳を傾けてくれない。この町の住人だってそう。だから僕は大人を信じるわけにはいかない。 
 学校は退屈で満ち溢れていた。勉強しても将来使うはずのない理科。なんの意味があるのかと言いたくなる社会。疲れるだけの体育。ここは生徒を苦しめるただの拷問の場所でしかない。
 部活動なんかするわけがない。したところでなんの意味も持てないと思ったからだ。田んぼが並ぶ町並みを目で追いながら僕は帰っていた。帰り際から見える校庭からは、ただ声がでかい野球部やつまんなそうにしているテニス部。走るだけの陸上部。何が楽しいんだか、何を目標にしてそんなに頑張ってるのか、笑えてくる。
 帰ると僕はまず買い物に行く。今日の夕飯のためだ。家族は宛にならない。僕を置いて家を出ていったからだ。あまり深く掘り下げたくないからここまで。
 僕は普段みんなが見えないものが見えてしまう。幽霊や妖怪、そんなものが僕の視野の範囲に入ってしまう。こっちも気づかないふりをしたいのに、あっちは気づいてくる。
 僕の家庭は代々、霊や妖怪を祓う仕事をしていたみたいだった。そのせいか僕は霊や妖怪を祓えるようになっていた。
 「頼むから、あっち行ってくれよ。」
 やる気のない声で僕はボソッと呟いた。でもあっちはなんの言葉すらも分からないからそんなのお気に召さず近寄ってくる。だから祓うしかないんだ。
 今日もまた退屈な一日が始まると思っていた。窓から入ってくる日差しには少し慣れてきて、一人で食べる朝ご飯も少し美味しく思えてきた。
 学校に向かっている途中、僕はある女の子に目を奪われてしまった。きれいな髪に、透き通っていて邪悪などなさそうな瞳。その女の子の体はまるで透き通ってて、奥の景色が見えるくらいに…。って
 「え…。」
 情けない声を出したのは何回目だろうか。僕の目を奪った彼女の姿は他の人からは認識されておらず、彼女の体を通り過ぎる人もいた。そう彼女は幽霊だった。
 僕の初恋はどうやら幽霊らしい。
 退屈な日々に少し明かりが灯された気がした。彼女の服はボロボロで何度も転けたような傷や痣。顔には炭みたいのがついていた。今にも泣きそうな顔をしている彼女に僕は声をかけた。あまりにも美しいから。
 「あ、あのどうしたの?」
 あまり霊や妖怪には関わるなとこの世で一番最低な父に言われたのにも関わらず、声をかけてしまった。うまく笑えたかどうかわからないが、今僕の顔はとても赤くなっているだろう。
 「い、いや。だ、大丈夫。」
 遠慮がちに話す彼女の唇はとても淡いピンク色で彼女に瞳は、何でも見通すような綺麗な水色だった。そんな瞳の奥の僕の顔は少し赤くなっていた。
 手を差し伸べようとしたが僕は寸前のところで手を後ろにしまった。勇気がなかった。父が怖かった。母が怖かった。大人の目が怖かった。ただそんな理由だけで目の前の女の子一人手を差し伸べれない自分に嫌気が差した。
 学校では彼女のことで頭がいっぱいだった。授業の内容なんて耳に入ってこない。ずっと彼女のことを考えてる。助けを求めている目をしていたのに、僕はそれを素通りしてしまった。
 家に帰るとき少し遠回りをした。彼女に会う顔がないから、僕は彼女に会う資格がないから。
 スーパーで買い物をして帰るとき、辺りはもう暗くて空を見ると三日月と、星が輝いていた。
 そして、少し彼女が気になってさっき彼女がいた場所を訪れた。まだ居た。でも僕は怖くて逃げた。
 今にも泣きそうな顔をしている女の子に手を差し伸べないまま家に帰った。スーパーで買ってきた食材を冷蔵庫に一通り入れて、今日使う食材を冷蔵庫から出した。そして冷蔵庫を閉じて僕はこう言った。
 「ごめんなさい…。ごめんなさい…。」
 僕は必死にあの女の子に謝った。ここで言っても聞こえるはずもないのに何回も何回も、繰り返した。
 我慢ができなかった。気づいたら僕は靴を履いて外に出てあの子を見つけに行っていた。
 外の温度は少し生暖かくて、嫌になるような空気を吸って、僕はあの子を探した。
 「あっ…」
 街灯に照らされている彼女は透けていて、なんだろう、説明できないくらい美しくて。今度こそは手を差し伸べるよ君に。
 「う、家に来ない?」
 迷った末に出た言葉がこれだった。傍から見れば何もない地面にナンパしてるみたいだけど、僕からしたら凄く勇気を振り絞って言った言葉で、それはそれは緊張した。
 「行きます…。」
 コクリと頭を下に動かして口から言葉を出した少女はとても魅力的だった。
 夜の町は好きだ。誰も騒がない。誰も僕のことを睨まない。静謐な町中を歩くのは悪くないと思っている。でも今は少し気まずい。横に一緒に歩いてるのは、あの女の子だからだ。少し感覚を開けてるつもりだが、凄くドキドキする。自分の心臓の鼓動が煩い。相手にこの音が伝わってないことを祈るばかりだ。
 「あの……、今日はありがとうございます。」
 申し訳無さそうに僕の顔を覗いて言った。少しもじもじしながら。
 「いや大丈夫。散歩してたらいたから。」
 分かりやすい嘘をつくものだ。こんな時間に散歩なんてするわけがない。なのに少しカッコつけたくてこんなバレバレな嘘をついてしまった。
 そう言って僕たちの会話は終わった。
 家に帰ってから僕は夕飯の支度をした。まず人参と玉ねぎを適当なサイズに切って、そこから肉を切る。お湯をためてた鍋にカレーの素を溶かす。そして具材を鍋に次々と入れて少し加熱。出来上がったものを皿に移して木の木目が素敵な机の上にコトっと置く。
 「いただきます。」
 手を合わせて命に感謝をする。よく世間には野菜しか食べない人しかいるけど、それは逆に動物たちに失礼だと思う。だから僕はしっかりと敬意を払って食事をする。
 スプーンを手にする。スプーンの裏側に反射する僕の顔は逆さまで、笑顔なんて一切消えていた。
 「大丈夫ですか…。」
 スプーンに気を取られてたせいで女の子の事を一切忘れていた。机の下からヒョコっと頭を出して僕に向けて放った言葉は濁りとか汚れなどは一つもない、そんな透き通った言葉だった。
 「あぁ!大丈夫!!大丈夫だから…。」
 あぁ、又もや嘘を彼女に吐いてしまった。何も大丈夫なわけがない。親は出ていき、兄すら僕を見放して、そうな鬱状態になりかけていた。
 黙々と食事を食べる。静寂が続く。"あの日"以来、大好きでたまらなかったカレーでさせ不味く感じている。吐き気がする時も多々あった。でもそれを押し堪えて僕は今を生きている。あんな出来事さえなければ。"あいつ"さえ居なければ。そう思うことがあった。
 こんな話信じてくれない人がほとんどだろう。僕の周りも僕の話を一切聞いてくれなかったから分かる。もう何年前になるだろうか。僕が小学生三年生の頃に起きた出来事。
 「お父さん!!僕祓えたよ!」
 元気一杯に僕はお父さんにしがみついて言った。今思うと吐き気しかしない。
 「おぉ!良くやった!お前には才能があるよ!」
 「ほんと?!やったーー!」
 無邪気に笑う僕。嘘がバレバレな父。眼の前にはぐちゃぐちゃになった悪霊が居た。父は悪霊を見て僕の頭の上に手をやって笑顔でこう言った。
 「少し目を瞑ってくれないか?」 
 「いいよー!」
 そう言って僕は両手を眼の前に持ってきて目の前で起きてることを知らないフリしようとしていた。だけど、僕は小学生。好奇心旺盛だから、ついつい手の隙間から父のことを見た。こんなことは今までしてなかった。でも何故か今日だけは見たいと思ってしまった。そして、僕は見てしまった。父が怖い顔をして、悪霊を更に残酷に鏖殺していたところを。
 叫びたい気持ちを抑えて僕は下を向いた。見てはいけないとこを見てしまったと後悔していた。父のあんな姿を見たのは初めてで、それまで僕の前では優しく、毎日大きな声で笑っている父しか見ていなかったから、新しく、険しい父の顔を見て僕はどうしていいかわからなかった。
 初めにも言った通り、僕の一家は霊を祓う仕事をしている。こんな仕事をしてると色々な霊に会う。四肢がもげている霊。面影すらもなくなっている霊。下半身がない霊。そんな、子供には悪影響しか与えないだろと思う霊にしか会ってこなかった。勿論、初めの頃は思う存分吐いたよ。でも、なぜだか怖いっていう感情が薄れていった。小学生三年生にもなれば、霊に同情なんかせず、ただひたすらに父に褒められたい一心で、霊を祓っていた。
 そして母は、妖怪と人間の子供とのこと。だから僕には妖怪の血が混ざってる。そのせいか妖怪が見えたり、妖怪の話したりもできた。
 母は基本的に優しかった。毎日笑顔で、誰よりも僕のことを愛していた。そんな母が作るカレーは、どこのカレーよりも勝ってとても美味かった。
 なのに、ある日両親は家から埃一つも残さず消えた。
 当時小学生だった僕は何が起こったのかわからなかった。ただ、隠れんぼをしているんだろうと思っていた。だけど今は違う。今なら分かる。あいつ等が家から出てって行った理由を。
 「本当に大丈夫?」 
 ビクッと体が浮いた。僕を驚かせた犯人は横にいた霊だった。
 「え?あぁ、ごめん。昔のことを考えてた。」
 過去に遡りすぎて、僕は放心状態だった。
 「そういえば、なんで私が見えるの?」
 今更?!と言いたかった。でも、その綺麗な瞳で僕に問いかけたら、僕は必然的に答えなくちゃいけないと思っていしまうようになった。
 「あぁ、父が幽霊が視えてて。」
 父という単語すら気持ちが悪い。僕には両親なんて居ないとずっと思っていた。いや、思いたかったが正しいか。親戚は、僕のことを奇妙がって僕のことを避けて、僕は小学生という若さで一人暮らしをしていた。お金は親戚が出してくれるが、僕はあまり使いたくないと思っていた。最低限しか使わなかった。汚れたお金なんかには興味は無かったから。
 「そういえば何であそこにいたの?」
 少し遠慮がちに問いかけてみた。
 「あそこで人を待ってるの…。」
 「人?誰?よかったら教えて欲しいな。」
 「弟だよ。」
 弟か、馴染みのない言葉に少し戸惑ってしまった。僕は下が欲しかった。既に兄は二人いるが、僕は視野にさせ入ってない。僕を認めてくれる人が欲しかった。それだけなのに。
 「そっか…。」
 それ以上は何も言わなかった。いや何も言えなかった。何も欲さなかった。
 さっきまで暖かったカレーも完食し、僕の家は静寂に包まれていた。
 テレビを付けて、冷蔵庫から桃味のアイスを取ってくる。シャリといい音を響き渡せながら僕はテレビを見ながら食べていた。
 横を見ると興味津々に僕のことを見ていた。あまりにも顔が近いから彼女の髪の毛一本一本がはっきりと見える。睫がとても綺麗だ。見惚れている間に僕は自分の服にアイスを零していた。
 「冷たっ!あぁ、洗濯しなきゃ。」
 洗濯はあまり好きじゃなかった。理由は、面倒臭いからだ。なんて簡単な理由なんだろうと思ったそこの君、正解だ。
 夜はとても心地が良い。少し鳴いている蝉。靡く風が頬に当たる感触。空を見上げれば綺麗に輝いている三日月。そして、この淡い気持ち。
 「あ、そういえば名前聞いてなかった…。」
 「碧依です…。」
 「碧依さん。いい名前だね。」
 碧依さんか。何故だか恋をしてしまった女の子の名前はいつでも素敵に視える。
 「僕は最空。変な名前でしょ?」
 「いや!そんなことないです!」
 「そう?そう言ってもらうと嬉しいよ。親が歴史オタク的なものでさ、平安時代の最澄と空海の名前から一文字ずつ取ったんだ。あまりこの名前は気に入ってないんだよ。」
 「あ、あの。おたくってなんですか?家ですか?」
 「え?」
 僕は咄嗟に間抜けな声を出してしまった。今どきの中学生や、小学生はオタクという単語くらい知ってると思っていた。
 「いや、オタクっていうのは、何だろ説明しにくいな。」
 中学生三年生の僕は、語彙力が皆無だった。
 そしてまた居間には静寂が舞い降りる。少しでもいいから彼女と話していたかった。僕はこれまでずっと女の子なんて好きにならなかった。興味がないし、煩いだけなのに威張って。男子より弱い癖に自分を大きく見せるし。なのにこの子はそれらの女の子とは真逆だった。だから彼女に惹かれた。
 「そっか…。じゃあ上手く説明できるようになったら教えてね!」
 「わ、分かった。」
 あゝ。なんでそんなに純粋で無垢な笑顔が出るんだ。その笑顔でどれだけの人が救われたんだろう。どれだけの人がこの子に惹かれたんだろう。少し妬いちゃうな。もっと、もっと早くこの子に会いたかったな。
 「え…?」
 「あ…。」
 気づけば僕の手は彼女の頬に。幽霊は普通触れない。だけど、霊能力を持ってれば触れれる。今、この一瞬だけこの力が合って良かったと思えた。
 「ご、ごめん!!」 
 「い、いや、大丈夫です…。」
 少し顔を赤らめて僕にそう呟いた。やっぱり愛おしい。なんで人間と幽霊じゃ、普通の恋ができないのだろう。目の前に好きな人が居るのに、幽霊じゃ結婚すらできない。それ以前に付き合うことすらできないだろうな…。
 この子の生きていた時代で逢いたかった。淡い願いだけど、心の底から思ってる。叶うはずもないな。
 「ふぅー。今日は疲れたから寝るか。」
 一通り宿題を終わらせて布団を冷たく、色褪せてしまった畳の上に敷く。すべての部屋の電気を消して、隣には扇風機を置く。夏場の夜は涼しいっちゃ涼しいが、やっぱり暑い。
 「あー。きもちーー!」
 少し湿った風を浴びながら僕は夢の中へと旅立った。僕は普段夢は見ない。夢なんかには興味がない。ただの妄想なのに恋焦がれて。本当につくづく寒気がする。
 夢の中へ誘われた僕は少し気が楽になった。こんな気持ちしたくないのに。居心地がいい。今日読んだ本の内容関連が出てきたり、碧依が出てきたりと、少しにやけてしまう。そんな日々を、僕は大切にしたい。
 朝になって、窓からは、元気な太陽の光が射し込んできて、目を開けるのも嫌になってくる。暑くて暑くて、でも隣に君がいるからちょっぴり涼しくて、こんな朝もいいなと思ってしまった。
 布団を片付けて、少しぼーとして。その後は風呂に入る。僕は朝風呂派だ。疲れ切った体に滲みるのは暖かいシャワー。外では小鳥たちが歌を唄ってるような鳴き声で仲間たちを呼んでいた。少し笑顔を浮かべる。朝なんてと思ってた自分が馬鹿馬鹿しい。
 「朝ご飯作ろ。」
 そう呟いて、まだ落ち着かない足を精一杯に動かして、台所へ。冷蔵庫から食材を出して、達者な手付きで料理をする。
 料理はどこで習ったかというと、まぁ頑張って勉強してここまでやっと辿り着いた。勿論最初は何度も挫けた。血が出たり、焦げたり、失敗ばっかりした。でもことわざでもある様に、失敗は成功の元で、失敗をするたびに成長できた。
 料理をする男子はよくモテるというがそんな訳がない。見ればわかる通り、僕はモテない。モテたいと思ったことはないが、好意を向けられるのは悪くないと思っている。
 自分が霊や妖怪が視えることは周りに言わなかった。理由は簡単なことだ。小学生の頃は、別に隠さずに曝け出していたけど、ある日クラスの男子や女子に馬鹿にされて、そこからもうこのことには触れないでおこうと、決めていた。
 だから、中学は僕を知ってる人が居ない中学校にした。少しでも僕の記憶がある人が僕の側に居ないようにと。お陰様で、中学校生活は奈落の底へと落ちていった。
 まぁ僕みたいのはそんな生活の方がお似合いなのかもしれないな。
 今日も玄関から出た先は退屈が待っている。そいつは僕に纏わりついて諦めが悪く、うざいと思っている。でも、僕は心の何処かでそんな日常も悪くないと思っている。

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