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第1話

プロローグ
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2026/03/07 05:00 更新
プロローグ 

「ごく普通の、終わらない不運について」

 人生というのは、まあ、それなりに不公平にできている。


 ゆうまはそう思っている。思っているというか、もはや確信している。生まれてこのかた二十二年、疑う理由がひとつも見当たらなかった。


 たとえば今日の朝。

 目覚ましより三十分早く目が覚めて、せっかくだからと二度寝を試みたら案の定寝坊した。

 朝食のトーストを焼いたら焦げた。焦げたパンをそのまま食べたら、案の定むせた。むせながら牛乳を飲もうとしたらこぼして、シャツを着替えなければならなかった。着替えに手間取って、マンションの階段を駆け下りたら、踊り場で躓いた。死ぬかと思った。死ななかったのは、手すりを掴んだからというより、あまりにも体がこういう事態に慣れすぎていたからだと思う。

 最寄り駅まであと五十メートルというところで、電車の発車音が聞こえた。


「あー」


 と言いながらゆうまは走るのをやめた。次の電車まで十二分。ホームのベンチに座って、鞄の底から皺くちゃになった文庫本を取り出す。



 べつに、いい。



 慣れてる。
 

ゆうまが「慣れ」を習得したのは、たぶん物心ついたころには、もうそうなっていた気がする。

 自分のまわりでよくないことが起きる、ということ自体は、子供のころから薄々わかっていた。雨の日に限って傘を忘れる、とかいうかわいいレベルの話ではなく、もう少しスケールが大きい。


 小学二年生のとき、遠足のバスが故障した。ゆうまのクラスだけ。


 小学四年生のとき、家の近所で火事があった。ゆうまの家は無事だったが、避難のどさくさで財布を失くした。


 中学生のとき、部活の遠征先のホテルで食中毒が出た。ゆうまのテーブルだけ。


 高校生のとき、受験当日に電車が止まった。乗っていた路線だけ。


 大学生のとき、付き合った彼女が三人連続で、ゆうまと別れた直後に別の人と幸せになった。これはもしかしたら自分の問題かもしれないと思ったが、検討した結果やはり不運の範疇に含めることにした。


 で、社会人になって今に至る。


 会社では上司に理不尽に怒られ、同僚の愚痴を二時間聞き、なぜか知らないうちに面倒な仕事が自分の机に積まれている。帰り道にカラスに頭を狙われ、コンビニでは自分の直前にプリンが売り切れる。



 でも死んではいない。



 そこだけは、本当に不思議なくらい、生きている。



 祖母はよく言っていた。


「ゆうまはなあ、守られとるんやで」


 縁側で、古いお守りをゆうまの首にかけながら。

 兵庫の外れの、古い家。縁側から見える小さな庭に、毎年律儀に梅が咲く。その梅の木の下で、祖母はよく手を合わせていた。何もない、ただの地面に。


「守られとる? どこに? 俺、毎日なんか起きてんのに」


「起きとるけど、死んでへんやろ」


「……それはそう」


「そういうことや」


 意味がわからなかった。でも祖母の話にはいつも、うまく反論できない重さがあった。

 お守りは今も持っている。鞄の内ポケット。古い布の、ちょっと歪な形のそれは、もう二十年以上悠真のそばにある。祖母が亡くなってから、なんとなく手放せなくなった。



 守られてる、か。



 ゆうまはぼんやり思う。



 まあ、そういうことにしておこうか。死んでないし。

 


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