プロローグ
「ごく普通の、終わらない不運について」
人生というのは、まあ、それなりに不公平にできている。
ゆうまはそう思っている。思っているというか、もはや確信している。生まれてこのかた二十二年、疑う理由がひとつも見当たらなかった。
たとえば今日の朝。
目覚ましより三十分早く目が覚めて、せっかくだからと二度寝を試みたら案の定寝坊した。
朝食のトーストを焼いたら焦げた。焦げたパンをそのまま食べたら、案の定むせた。むせながら牛乳を飲もうとしたらこぼして、シャツを着替えなければならなかった。着替えに手間取って、マンションの階段を駆け下りたら、踊り場で躓いた。死ぬかと思った。死ななかったのは、手すりを掴んだからというより、あまりにも体がこういう事態に慣れすぎていたからだと思う。
最寄り駅まであと五十メートルというところで、電車の発車音が聞こえた。
「あー」
と言いながらゆうまは走るのをやめた。次の電車まで十二分。ホームのベンチに座って、鞄の底から皺くちゃになった文庫本を取り出す。
べつに、いい。
慣れてる。
ゆうまが「慣れ」を習得したのは、たぶん物心ついたころには、もうそうなっていた気がする。
自分のまわりでよくないことが起きる、ということ自体は、子供のころから薄々わかっていた。雨の日に限って傘を忘れる、とかいうかわいいレベルの話ではなく、もう少しスケールが大きい。
小学二年生のとき、遠足のバスが故障した。ゆうまのクラスだけ。
小学四年生のとき、家の近所で火事があった。ゆうまの家は無事だったが、避難のどさくさで財布を失くした。
中学生のとき、部活の遠征先のホテルで食中毒が出た。ゆうまのテーブルだけ。
高校生のとき、受験当日に電車が止まった。乗っていた路線だけ。
大学生のとき、付き合った彼女が三人連続で、ゆうまと別れた直後に別の人と幸せになった。これはもしかしたら自分の問題かもしれないと思ったが、検討した結果やはり不運の範疇に含めることにした。
で、社会人になって今に至る。
会社では上司に理不尽に怒られ、同僚の愚痴を二時間聞き、なぜか知らないうちに面倒な仕事が自分の机に積まれている。帰り道にカラスに頭を狙われ、コンビニでは自分の直前にプリンが売り切れる。
でも死んではいない。
そこだけは、本当に不思議なくらい、生きている。
祖母はよく言っていた。
「ゆうまはなあ、守られとるんやで」
縁側で、古いお守りをゆうまの首にかけながら。
兵庫の外れの、古い家。縁側から見える小さな庭に、毎年律儀に梅が咲く。その梅の木の下で、祖母はよく手を合わせていた。何もない、ただの地面に。
「守られとる? どこに? 俺、毎日なんか起きてんのに」
「起きとるけど、死んでへんやろ」
「……それはそう」
「そういうことや」
意味がわからなかった。でも祖母の話にはいつも、うまく反論できない重さがあった。
お守りは今も持っている。鞄の内ポケット。古い布の、ちょっと歪な形のそれは、もう二十年以上悠真のそばにある。祖母が亡くなってから、なんとなく手放せなくなった。
守られてる、か。
ゆうまはぼんやり思う。
まあ、そういうことにしておこうか。死んでないし。












編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。