いつも通りに、前みたいに戻るだけの話だった。
もういっそ、話せなくなる覚悟だってしていた。
文化祭から三日経って、私の心はようやく落ち着きを取り戻していた。
軽度の風邪を引いてしまったこともあって、やっと万全な状態っで学校に来ることができた。
文化祭特有の雰囲気というか、ムードもすっかりなくなっていて。
日常が戻って来たかのような、ぽっかりひとつ穴を開けてしまったかのような、そんな感じ。
◇◇◇
文化祭二日目、無事に劇は終わって後夜祭まで滞りなく終了した。
私も通常運転とまではとてもいかないけれど、ちゃんと片付けが出来てたことはなんとなくでも覚えている。
すべてが終わって、私と真理愛の家から近い公園。
私は彼女にすべてを話していた。
考えていたことも、何があったのかも、全部。
そして、気が済むまで泣いた。
◇◇◇
後から聞けば、真理愛は大体は察していたらしい。
私から無理に聞き出そうとは思ってなかったらしく、相談されたらたっぷり甘やかそうと決めていたんだそう。
とはいえ、先生から完全に逃げられるわけもなく。
吹っ切れるのには時間がかかるかもしれないけど、担任の先生との距離として接していけたらいいなとは思っている。
だからこそ、どうしたらいいのかわからなかった。
先生がそう言うとすぐにかかる号令。
私は理解する間もなく、先生が教室から出て行くのを眺めるしかなかった。
◇◇◇
そして、やって来てしまった放課後。
私は放課後の掃除が終わってから、頭を抱えそうになっていた。
真理愛とはギリギリまで作戦会議をしていたけど、彼女が習い事がある関係上先に帰ってしまった。
掃除も想定より早く終わってしまった。
それよりも、だ。
先生とこの前の今日で、普通に話せるかと言われたらNOに近い。
一回くらいの課題なら、そう思って一瞬罪悪感に駆られる。
けど、だ。
課題が大事なことはわかっていても、先生と二人きりになることを考えたら避けたくも思うわけで。
いや、もしかしたら柴田先生がいるかもしれないけど……
私はそのままリュックを背負って、教室を後にする。
そうだ、この前自動販売機に美味しいタイプのフルーツジュースが入ってたって、誰か言ってたよね。
そうして帰る前に、自動販売機に寄った時だった。
声をかけたのは秋晴くんだった。
キョトンとこちらを見ていたと思えば、ハッとする。
そう言われて、私はスマホを探すも取り出せずにいて。今度はこちらがハッとしてしまう。
流石にそのままで帰る訳にもいかない。
教室まで取りに戻ることにした。
秋晴くんにはお礼だけ伝えると、少し悩んだ様子を見せてから言った。
言葉が詰まってしまう私に、フォローを入れてくれる秋晴くん。
秋晴くんには伝えていた訳じゃない、けど、全部わかってるような口ぶりだ。
私がそう言うと、秋晴くんは少し笑って頷いた。
恐る恐る教室に戻ったが、先生の姿は無かった。
少しホッとしつつも、呼び出しを無視する行為に、今も待たせてしまっているのかと思うと少し心が痛む。
でもその痛みが本当に罪悪感あるなのか、先生と話すことで距離が出来てることを実感したくない怖さなのかは、判別がつかなかった。
半分自分に言い聞かせるように呟いて、教室を出た時だった。
バッと横を見ると、立っていたのは声の通りの人物だった。
驚いたけど、遭遇すること自体想定しなかった訳じゃない。
自分で言ってて、少し虚しく思えてくる。
私の言葉に、先生は大きなため息を一つ吐いた。
そう言った先生は、バッと私の腕を掴んでいた。
私は驚いて手を振りほどこうとしたけれど、思ったよりも力が強くてできなかった。
先生にそう言われた私はだんだん抵抗する力を抜いていく。
先生もそれが分かると、何も言わなくなっていた。
『数学準備室』
私の腕を掴んで、部屋に入れる。
ガラガラと閉じられた部屋には先生によって鍵がかけられた。
そう言った先生は、私の手を取って先生の机へと誘った。
先生は座って、私はその目の前に立つ。
改めて振られるんだろうか。
少し怖い、と思いつつ、次の言葉を待った。
覚悟? 一体何のことだろうか。
頭にクエスチョンマークをいっぱい付けていれば、先生は付け足すように言った。
なんの秘密だろう、と思ってすぐピンと来たのは文化祭でのあの出来事。
一瞬で意識は唇に集中して、顔に体温が集まるのが分かった。
なにそれ、それだけのために私、呼び出されたの?
あまりにもあっけらかんに言い放つ先生。
ボソッと呟かれた声に、ズキリと心が痛くなった。
先生にとっては、本当にただの気の迷いだったんだ。
それを、私は勝手に特別だって思って……
教育実習生の人と、おんなじだ。
ただ違うのは、先生からの拒絶の言葉だけは聞きたくない、臆病者だってこと。
先生に言葉を返させる暇も与えず、私は振り返って扉に急ぐ。
これで、最後なんだと思った。
私の手が部屋のカギに触れそうになった時だった。
グイッ
私の左手は大きく後ろに引かれ、上半身は大きな腕一つに掬われ、抱き寄せられていた。
ブワッと今までで一番近くに香る匂いにもう、訳が分からない。
本性のこととか、き、ききき、……放送室のこと、とか……、
箇条書きみたいに、呟く。
すると後ろにいた先生は、耳元で大きな溜息を一つついた。
ずるずるとそのまま後ろへと引きずられる。
足がもつれそうになりながら、一緒になって引っ張られる。
先生が椅子に座ったと思うと、私はその膝の上にすっぽり収まってた。
私は一瞬硬直するけど、なんとなく先生の顔が見たくなった。
少しだけ振り返ると、先生と目が、合う。
そう言った先生の声は、どこか子供が拗ねた時に出すものに似ていた。
今までに聞いたことが無い縋るような声に、どうしてだとか、勝手なことに怒りだとか、一気に冷めていくのが分かった。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。