がんば〜
季節は夏。暑さがまるで呪縛霊のように自分たちにべとべと付き纏ってくる。湿度も高く、服も汗のせいで濡れていて、正直言って気持ち悪い。太陽がまるで自分たちのことを焼こうとしているのかと思うほど、太陽はさんさんと輝いているのだが、暑さで倒れてしまわないようにということで日陰を歩くしか選択肢がない。こんなにもいい天気なのに少し勿体無い気がするが、まあ木の下からでも太陽の光は感じられるのでよしとしよう。
そんな日に、目玉焼きが焼けそうなほど暑い、真っ黒な歩道を歩いている2人。名前を、「澄空アユ」と「御影コウモリ」という。コウモリが指差したのは、近くにあったアイスクリーム屋さん。こんなに暑い日なのだから、さぞかしこのお店も儲かっているだろう。確かにアユもアイスクリームは嫌いではないし、こんな天気なのだから、食べてもいいんじゃないかという気持ちもある。だが、それ以上の問題がある。それは……。
はぁ、とため息が蝉のうるさい鳴き声の中でも聞こえる。これに関してはどんまいとしか言いようがない。
そんな雑談をしながら何食わぬ顔でアイスクリーム屋さんに近づくコウモリとそれを追いかけるアユ。もう多分止めるのを諦めたのだろう。
アイスクリームを買い(もちろん全てアユのお金で)、木の下にある木製のベンチに座る2人。溶けてしまわないように、少し早めのペースで食べ進めるアユに、コウモリはふと思い出したかのように、彼に問いを投げかける。
なんと言葉にしようか、と思い少し黙るコウモリ。だが、彼女が言いたいこともわかるっちゃわかる。アユには、とても親しい友人がいる。それなのにも関わらず、数回会っただけの自分をわざわざ誘うのが、少しおかしいなと感じたのだろう。
本当に、それだけでそれ以上でもそれ以下でもないです、とそういうアユ。やはり、珊瑚の泉で言われた「あの言葉」が、ずっと気になっているのだろうか。
急に黙り込むコウモリ。そんな彼女を見て、少しおどおどとするアユ。
……なんでもないわけがない。
(もしも、おれがさ、「幸せ」になったらアユは離れちゃうってこと?)
あのとき彼女に化けた伯爵が何を言ったのかはウサギとアユから聞いてる。あれは紛れもない、彼女の本心だ。だけど、それは昔の話。全ての感情が整理できたというわけではないし、何もかも受け入れられたというわけでもない。
だけど、みんなが。一緒に色々なとこに遊びに行こうと言ってくれたりだとか、一緒に少し通話をしたりだとか。そうやって、自分の人生を彩ってくれたから、少しは前を向けてきて。それには、確実にアユも入っているというのに。
もちろん、まだ胸をはって「幸せ」だとはいえない。だけれど、今この瞬間は、確実に「幸せ」で。
だから、なのだろうか。こんなにも、不確かな未来のことで悩んでしまうのは。何も、彼はそんなこと言ってないのに、そうやって勝手に不安になってしまうのは。
何より……。
なんて、願うのは流石に都合が良すぎるだろう。勝手に、アユと一緒にいたい、と思ってるのは自分の方なのに。
……なんて、彼に対して絶対にいうわけにはいかないので。
アイスクリームが溶けたせいで少しベタついている彼の手をとり、東の方向に向かって走るコウモリ。
そんな彼女に対して呆れながらも、彼はコウモリのことを優しい眼差しを見つめていた。
旅行先で何してんだ
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。