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第4話

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2026/08/12 09:44 更新















お肉のパックを選ぶ時、彼女の指先が少しだけ迷うようになった

前なら普通に買っていた、牛肉の赤身

それをそっと棚に戻して、一番安い鶏肉のパックをカゴに入れる

そういう小さな変化が、この頃いくつも増えていた









服を買わなくなった

キュレーターの制服のようにも思える、ネイビーや黒、グレーのシャツとスラックス

差し色のスカーフのバリエーションは増えない








「 散歩がマイブームなんだよね 」と言って、

遠い駅から何十分もかけて歩いて帰ってくるようになった

浮かせたはずのそのお金で、彼女は俺の新しい筆や、キャンバスを買ってきてくれる










学生なのに、寝る間も惜しんでコンペに応募して、小さな依頼料をいくつも集めて、

そうやって俺の生活を、俺の絵を、必死に支えてくれている











彼女は最近、誰もが知っているような業界の最大手から、すごい内定をもらったらしい

正式な報告は、まだされていない

共通の知り合いから聞いただけの情報

俺にその話をする時、彼女はいつもどこか言葉をはぐらかす

彼女は仕事の話をあまりしなくなった

「 今日どうだった? 」

そう聞いても

「 まあまあかな 」

と笑うだけ



自分の輝かしい未来の話が、俺のプレッシャーになると思っているのだろう

何も言わない彼女の、痛々しいほどの優しさが溢れていた











パレットナイフで、乾いた絵の具を削り落とす

削っても削っても、真っ白なキャンバスからは何も生まれない









( ..... 俺のせいだ )










俺が何も生み出せないから、

彼女の綺麗な未来を、

生活を、じわじわと削っているんだ

気づいてしまった瞬間、胸の奥が冷たく凪いだ












俺は何も言わず、シーシャバーのシフトを夜通しに増やした

薄暗いVIP席のソファは、重たい甘さの煙がいつでも淀んでいる








甘い煙がゆっくりと天井へ溜まっていく

照明は暗く時間の感覚だけが曖昧だった











「 ヒョンジンくん、今日こっち座ってよ 」

「 はい 」









呼び止められて、自然に隣へ腰を下ろす

氷を入れて、酒を注いで、相手の話を聞く

笑う

頷く

相槌を打つ

それも全部、仕事だった









「 相変わらず優しいねぇ 」









肩を軽く叩かれる

笑って返す








「 ありがとうございます 」










腕へ手が伸びる

そのまま袖を掴まれる

少し距離が近付く

以前なら、そこで自然に立ち上がっていた











でも今日は違った

そのまま座っている









「 手、冷たいね 」










細い指先が俺の手に重なる

逃げなかった

逃げる理由も無かった

俺はその手を、そっと包み返した










「 外、雨だったから 」










耳元でそう言うと、客は嬉しそうに笑う

握った手を離さないまま今度は指先がゆっくりと手首を撫でた

袖口へ触れる

少しだけ境界線が曖昧になる










何も思わなかった

嫌でもない

嬉しくもない

ただ

「 接待だから 」

それだけだった

身体だけ置いて心はもうあの部屋へ帰っていた











白いキャンバス

散らかった絵の具

朝のコーヒーの匂い

トースターの音

彼女の

「 おはよう 」










「 …… ヒョンジンくん 」









袖を引かれて意識が戻る

不自然に艶のある唇が何かを話している

俺は柔らかく笑った









「 .... ん? 聞いてますよ 」








彼女におはようを言う時と

全く同じ優しいトーンで、俺は微笑み返した

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