薬研が言った言葉が、しばらく遠い場所で言われた言葉のように現実味から離脱していた。
松井江「主が...検非違使を倒した...?」
薬研藤四郎「そうだ。打刀も薙刀も槍も太刀も大太刀もぜーんぶ、な」
松井江「い、いやいや!戦えるとは言っても主は人間だろう!豊前と同等の力を持つ検非違使に勝てるわけ......」
豊前江「まーつい」
松井江「何だ?豊前」
僕の肩に顎を乗せた豊前がひまわりの幻覚が見えそうな程爽やかな笑顔で、薬研に輪をかけて信じられない事を言った。
豊前江「この本丸で一番強いの、主だから」
松井江「...............は?」
今日で何回この声を発したのだろう、僕は。もうかれこれ半年近くこの本丸に居るのにどうして今更こんな情報量に攻撃されてるんだ。
薬研藤四郎「まあ、そんな事いきなり言われても戸惑うよな。大将については俺達もわからねえ事だらけだよ」
薬研藤四郎「噂も多いし、そのせいで本当の事なんてまるでわからねえ」
松井江「噂?それは主に関する、かい?」
薬研藤四郎「そうだ。大量殺人犯が犯行に使った凶器の付喪神だとか、時の政府が秘密裏に集めた審神者の霊力で作られた戦闘人形だとか、旧大日本帝国の陸海軍が合同で作った本土決戦用の兵器だとか死んでも生き返るとか......突拍子もない噂ばっかり増えてな。今の親さえ本当のところは知らんらしい」
松井江「今の親?」
薬研藤四郎「おう」
僕の質問に答える代わりに薬研がおもむろに布団をめくると、すやすやと眠る主が姿を表した。叫びそうになった僕の口を桑名が押さえる。
松井江「そ、こに...居たのか。全然気づかなかった...」
妙に足元が暖かいと思ったら主だったのか。
松井江「どうして主がこんな場所で...」
薬研藤四郎「大将は昔からいろんな家を転々としててな。今の親にも養子にもらわれたんだそうだ。八歳の時に俺達を顕現させてからはずっと本丸暮らしで、沙織里と恵に会うまでは人間と長時間一緒に過ごした事が無かったらしい」
薬研藤四郎「そのせいか、俺達刀剣男士にくっつくのが好きなんだよ。落ち着くんだろうな」
桑名江「ちなみに松井の腕直してからずっとそのままだよ」
松井江「そうなのかい!?」
桑名江「うん。松井にき...」
篭手切江「おおおお二人揃って眠っていらっしゃったので!!起こすのは可哀想だと。歌仙が」
何かを言いかけた桑名の口を慌てて塞いだ篭手切が話をすり替えた。気にはなるが、切り込めない。
桑名江「容赦なく拳骨落とすのに変なところ甘いよね~」
薬研藤四郎「何だかんだで歌仙も大将の親みたいなもんだからな。娘は大事なんだよ」
慣れた手つきで主の髪を撫でる薬研の視線には慈愛が乗っている。
松井江(色んな家を転々と、か...)
松井江「僕達、結構似てるのかもしれないね」
自然と呟いて額に触れると、僕の体温で夢から引き戻してしまったらしい。丸まった主の体がもぞもぞ動き出した。
薬研藤四郎「お。うちで豊前の次にやかましいのが起きるぜ」
豊前江「元気なのはいい事じゃねえか」
二人の会話が入ってこない。とろんとした眠気をまとった瞼が開いて、明け方色の瞳が僕を捉えた瞬間、キラッと光ったように見えた。
あなたの緋名子「松井江だ!松井江が起きてる!おはよう!」
松井江「お、おはよう主」
薬研藤四郎「もう夜だぜ大将」
あなたの緋名子「そうなの!?」
松井江「言われてみれば外が暗いね...」
五月雨江「頭、松井。私と雲さんがお夜食を作りますので少々お待ちを」
村雲江「歌仙が主の好きなやつ教えてくれたから、俺達頑張って作るね...!」
五月雨江「行って参ります」
雪晴「ワンッ!」
雪晴と一緒にふたりが出ていったのを皮切りに他の皆も三々五々散っていき、手入れ部屋には僕と主だけが残った。
松井江(そういえば...桑名は何を言いかけたんだろう?)
二人になると、自分が松井江に抱きついている事に気がついて顔の温度が上がった。
あなたの緋名子「ごっ、ごめんね!嫌よね急に抱きつかれたらっ!」
松井江「主!?嫌だとは言っていないよ!?」
慌てて離れて布団の中に立てこもる。慌ててフォローしてくれているらしい声が聞こえるが、今松井江の顔をまともに見たら下を噛んで死ぬ。
あなたの緋名子「ごめんなさい......今顔見ないで会話して......」
松井江「どうしてだい?僕、主に何かしてしまったのかな?」
あなたの緋名子「いや......どちらかというと私の方が何かしたというか......」
松井江「え?どういう事なんだい?はっきり言ってくれないとわからないよ」
あなたの緋名子「.............................................年頃の女性の権限で黙秘します」
松井江「支離滅裂すぎて意味がわからないよ......」
それはわかっているし、私が逆の立場でもこういう反応になる。
でも、私だってこればっかりは言えない。
あなたの緋名子「理由は話せないけどごめんなさい...............」
松井江「そんな謝られ方をしても対応に困るよ......」
あなたの緋名子「ですよね~~~~......」
でも言えない。こればっかりは。大事な事だから二回言いました。
あなたの緋名子(腕治すためとはいえ寝てる間にキスしたなんて言えるわけないじゃないのよっ!)
あの日。
あなたの緋名子「松井江っ!!!!!!」
真っ白な顔でぐったりと地面に横たわった松井江を折ろうと四方八方から襲いかかった検非違使を、気づけば細切れにしていた。
あなたの緋名子「松井江っ、松井江返事して!!ねぇお願い!」
薬研藤四郎「大将揺さぶるな!傷が広がる!!」
あなたの緋名子「松井江っ!!!」
やだ。
信濃藤四郎「和泉守さん、周りの検非違使お願いできる!?」
和泉守兼定「おうよ!やるぜ国広!」
堀川国広「わかってるよ兼さん!兄弟と仲間のつけはしっかり払わせてもらわないとね!」
やだ。
松井江「主!」
あなたの緋名子「居なくなるなんて許さないから......」
浦島虎徹「うわっ!?」
大和守安定「主の霊力にあてられて検非違使が粉々に...!?」
薬研藤四郎「おい大将!落ち着い......」
後から薬研に聞いた話だと、私は霊力の圧だけで検非違使を消し飛ばした後、おもむろに髪を耳に掛けたかと思うと松井江に口づけたらしい。
以前、沙織里さんから教わった方法を無意識に試したんだと思う。
霊力を直接相手の中に注ぎ込む事で、資材が無くても刀剣男士を治癒する事が出来る。
沙織里「ただし、霊力が高い審神者限定ね。失敗すると同じ部位が吹き飛ぶから使う局面はよーく見極める事。いいわね?」
あなたの緋名子「はい」
沙織里「そ・れ・と」
あなたの緋名子「?」
沙織里「自分の命と引き換えにしても後悔なんて微塵もない...って思える程大事な子が相手じゃなきゃ使っちゃダメよ」
信濃藤四郎「止めなよ大将!!失敗したら大将の腕まで吹っ飛んじゃうよ!!」
あなたの緋名子「信濃うるさい」
止める信濃の言葉も聞かずに霊力を注ぎ込んで松井江の腕を作り直した...というのは、やっぱり後で薬研から聞いた話だ。
全部聞いた話なのは、やっぱり昔吹き飛んだ事がある部分と同じ部位を治すとなると霊力の消費も激しいようで、私もその後すぐに倒れて眠ってしまったからだった。
とまあ、そんなわけで私は今松井江の顔をまともに見る事ができない。
あなたの緋名子(言ったら絶対引かれるし嫌われる......)
松井江「主...」
あなたの緋名子「ひゃいっ!?」
布団越しに優しく背中に乗った松井江の手に過剰に反応してしまった。自意識過剰すぎて笑える。
松井江「主が僕の腕を直してくれたと聞いたよ。ありがとう。腕だけじゃなく、脇腹の傷も、倒れた時の打ち身も」
あなたの緋名子「...ん」
松井江「ありがとう。主が直してくれていなければ僕は今頃折れていたよ」
あなたの緋名子「...今日は「血を流すのが僕の業」とか言わないのね」
恥ずかしさと自己嫌悪でつい意地悪な事を言ってしまってから、自分の下を噛み千切りたい衝動がわき上がってきた。地雷踏んだどころの発言じゃないってこれ!
松井江「...そうだね。いつもの僕なら言っていただろう」
松井江「でも、今日の僕は主に話したい事があるんだ。自分の業よりももっと大事な事なんだ。聴いてくれるかい?」
あなたの緋名子(その聞き方はずるいと思うな)
そう言われて断れない事、歌仙辺りから教わったのかしら。
あなたの緋名子「聞く...」
松井江「僕ね、今日...じゃなくて三日前の出陣で誉を取れたんだ。槍を一振りで倒したんだよ」
あなたの緋名子「凄いわね!頑張ったじゃないの!」
松井江「ああ。部隊の皆も誉めてくれたよ」
松井江「それでね、あとこれが一番言いたいんだけれど...」
あなたの緋名子「何?」
次の言葉が聴けるまでに少し時間が空いた。
次に聴こえたのは、とびきりの誇らしさと嬉しさを詰め込んだ少年のような無邪気な声だった。
松井江「検非違使に襲われた時、篭手切を助けられたんだ...戦場ではじめて仲間を助けられたんだよ!」
あなたの緋名子(...!)
松井江「今まで何も出来なかった僕が、仲間を守れたんだ。その事を主に聞いてほしかったんだ」
あなたの緋名子(見たい)
今の松井江がどんな顔をしているのか知りたい。
松井江「主、面と向かって誉めて欲しい。僕に貴女の綺麗な眼を見せてくれ」
あなたの緋名子「...流石は細川。雅な言葉選びね」
観念して布団から出ると、松井江の少し低めの体温に包まれた。
松井江「ようやく出てきてくれたね」
あなたの緋名子「この行動の意図を訊いても...?」
松井江「薬研が主は刀剣男士にくっつくのが好きだと聞いて...だったら僕でも主を癒せるんじゃないかと思ってね」
あなたの緋名子(薬研め...!!夜食の蕎麦にキムチ入れてやる!)
他の本丸は知らないが、うちの薬研は辛いものが嫌いだからいい報復だ。
松井江「嫌だったら離れるけれど...どうする?」
心臓がうるさく鳴っている音が松井江に聞こえてしまうんじゃないかと思える。けど、いつもより胸元が緩い寝巻きの松井江にハグされていると、松井江の心臓の音が近くで聞こえる。
生きてる。
あなたの緋名子「...んーん。このままでいい」
何より、真っ赤な顔を見られるのは恥ずかしかった。
村雲江「すてい、すていだよ雨さん!」
五月雨江「雲さん、季語です。一句詠んでもいいですか」
村雲江「詠んでいいからしーーーっ!」
狙ってやってるかテンション上がって天然になってるかはご想像にお任せします












編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!