転送装置の光が消え、目を開けるとすっかり真っ暗だった。本丸の中の明かりだけが私達を照らしている。
桑名江「真っ暗だ...」
あなたの緋名子「時差があるからね。転送装置で直接飛ぶと実感わかないかもだけど、あそこ外国だから」
桑名江「そうだったの!?」
あなたの緋名子「うん。詳しい地名は言えないけどね」
桑名江「異国だったのか...土採取しておけばよかったな...」
桑名江は農業に関わりの深い刀だから、地質にも興味があるのだろう。精神的には脆い部分が多そうだけど、比較的軽微な方かな。
山鳥毛「では小鳥。早速彼らの手入れをしよう」
あなたの緋名子「そうね。江雪達が手入れ部屋の用意をしてくれてるはずだから行きましょうか」
稲葉江「良いのか?豊前も傷を負っているが」
豊前江「俺はかすり傷だしでーじょーぶだよ。稲さん達の方がひでぇ傷だろ?ぱぱっと治してもらえよ」
あなたの緋名子「って事だから、手入れ部屋は貴方達優先ね。先に帰った第三部隊も了承済みよ」
富田江「すまないね」
あなたの緋名子「大丈夫。怪我人は世話されるのが仕事よ」
気絶させちゃった子達の事早く治してあげたいしね。いくらなんでも力業すぎたわ。
手入れ部屋まで真っ直ぐ向かうと、江雪が待っていた。
江雪左文字「主、また血を被って帰ってきたのですか」
あなたの緋名子「見ての通りよ。今回は少ない方でしょうが」
江雪左文字「ですが、誉められた事ではありませんよ。手入れが終わったら湯浴みをしてきてください。お小夜と宗三が入浴準備を整えてくれていますので」
あなたの緋名子「ありがとう左文字兄弟。ならちゃっちゃと済ませちゃいましょっか」
あなたの緋名子「一文字~。運んで~」
一文字一家「御意」
一文字の皆(則宗除く)が気絶した江の刀達を運び込んでくれたので、まとめて手入れしていく。もちろん稲葉江と富田江も一緒に。
富田江「手入れというのはここまで一度にできるものなのか...」
南泉一文字「ここは例外だ、にゃ」
あなたの緋名子「ここは救助本丸って言って、貴方達みたいな刀剣男士の回復施設なの。さっきみたいに本丸同士の戦争を止める「停戦任務」にも呼ばれるけどね」
あなたの緋名子「手入れ部屋一つじゃとても足りないから、政府の方針で手入れ部屋の容量を増やしてもらってるの。一部屋十振りまでなら一度に手入れ可能よ」
富田江「へぇ...そういう本丸もあるんだね」
豊前江「まあ手入れ部屋がいくつあっても維持できなきゃ宝の持ち腐れだから、増築の時は政府で試験があるけどな」
あなたの緋名子「そんなに難しいものじゃないけどね。私は生まれつき、霊力値が異常に高かったから結構あっさり通ったけど」
今この本丸にある手入れ部屋は二つ。数を増やしすぎても使えないからだ。
あなたの緋名子「第三部隊はもうひとつの部屋で自動手入れ中よ」
ちなみに自動手入れ装置は私が霊力をあらかじめ流し込んで遠隔で操作してる。便利な時代になったものよね。
稲葉江「ん?それなら何故豊前はそちらへ行かんのだ。第三部隊なのだろう?」
豊前江「え~っと...それは、その~...」
稲葉江に訊かれた豊前が微妙に目を逸らして頬を掻きながらモゴモゴ言っている。
あなたの緋名子「仲間が心配で手入れ中に動き回るリスクがあるからこんのすけに言って人数制限きつめにしたの」
豊前江「何でそう全部お見通しなんだよ」
あなたの緋名子「主だからよ。もう江の子達の手入れ終わったし、次は豊前よ」
豊前江「おう。ありがとうな、主」
あなたの緋名子「後で篭手切の所行きなさいよ。きっと心配してるから」
豊前江「わーってるよ」
軽いやり取りをしながら手入れを終わらせた時、襖が小さく開いた。顔を覗かせたのは五虎退と謙信景光だ。第三部隊の手入れ終了の証拠に、霊力の自動供給がストップする。
五虎退「あ、あの...」
姫鶴一文字「ごことけんけんじゃん。どうしたの?」
謙信景光「姫鶴もいくさにでたってきいて...けがはしていないか?」
五虎退「ぼ、僕は助けてもらったお礼をちゃんと言えていなかったので...」
姫鶴一文字「大丈夫だよ。この通り無傷~」
謙信景光「そうなのか。ぶじならよかった」
五虎退「そ、それで...姫鶴さんにお礼をしたいって僕が言ったら、謙信が厨に連れていってくれて...」
五虎退が後ろに隠していたものを姫鶴に差し出す。水色のリボンでかわいらしくラッピングされているのは数枚のクッキーだ。
五虎退「時間がなくてちょっとしか作れなかったんですけど...よ、よければどうぞ」
謙信景光「五虎退ががんばってつくったんだ。うけとってほしい」
あなたの緋名子(相変わらずいい子達ね~)
姫鶴は少しポカンとして、五虎退の手のひらから受け取った包みを開けて一枚齧った。
五虎退「ど、どうですか...?」
姫鶴一文字「凄く美味しい。ごこ、けんけん。ありがとう」
姫鶴に誉めてもらえた二人が笑ってハイタッチする。短刀だけで火を使うのは危ないからダメと普段から言いつけているので、恐らく小豆が見守っていてくれたのだろう。後でお礼を言っておかなければ。
姫鶴一文字「ふふ。二人ともかぁいいねぇ」
謙信景光「こ、こどもあつかいしないでくれ!」
姫鶴一文字「え~?だってかぁいいし。ほら、くっきーあげるよ」
謙信景光「おかしでかいじゅうされるかっ!」
姫鶴一文字「そう。なら食べちゃお」
謙信景光「や、やっぱりたべたい」
姫鶴一文字「だと思った。ほら、ごこも手ぇ出して」
五虎退「姫鶴さんのくっきーなのに、いいんですか?」
姫鶴一文字「うん。一人で食べるより分けた方が美味しいしね」
道誉一文字「お姫、なら俺にも...」
姫鶴一文字「は?道誉君にあげるわけないじゃん」
道誉一文字「ノォーーーーっ」
あなたの緋名子「うるせい」
江雪左文字「主、早くお風呂に入ってきてください」
あなたの緋名子「はーい。じゃあ手入れ部屋はしばらく江以外立ち入り禁止。一文字は部屋に戻ってね~」
そそくさ立ち去っていった則宗を筆頭に一文字の刀達が次々手入れ部屋を後にする。出ていこうとした私に、稲葉江が声をかけた。
稲葉江「...大和あなたの緋名子」
あなたの緋名子「どうしたの?」
稲葉江「......助けてくれた事、感謝する。それと...」
言葉を迷ってやがて視線を上げた稲葉江がきちんと正座して私に頭を下げた。
稲葉江「突然襲いかかって、すまなかった」
あなたの緋名子「気にしてないわよ。悪いのは貴方達じゃないもの」
あなたの緋名子「豊前、落ち着いたらお風呂まで案内してあげてね」
豊前江「了解。おやすみ、主」
あなたの緋名子「うん。おやすみ」
主が出ていってから、俺は稲さんと富さんに向き直った。
豊前江「主、いいやつだろ?」
稲葉江「ああ。正直な所、人柄がよすぎて少し戸惑っている」
富田江「うん。でも彼女から悪意は感じなかったよ。体がこんなに軽いなんて、顕現した時以来だ」
豊前江「マジかよ...あの野郎なんつー事してくれてんだ」
他の本丸への過剰な干渉はご法度だから今まで踏み込めなかった。けど、こいつらを何でもっと早く助けてやれなかったのか考えちまう。
豊前江「主には頭が上がらねぇな...」
すやすや眠る桑名達の顔を見ながら思う。
俺は仕える主に恵まれている。
虐待なんて顕現してこのかたされた事がねぇ。軽く頭をはたかれたり手合わせでコテンパンにされる事はあっても、悪意を持って手をあげられた事は一回もなかった。そしてそれはこれからもそうだ。主の事を、俺は無条件に信じられる。
でもこいつらはそうじゃなかった。来たばっかの頃の松井と同じ状態だ。
豊前江「今日まで何にもしてやれなくて...ごめんな」
村雲を守るみてぇに抱きしめて寝てる五月雨の髪を、起こさないように撫でた。
あなたの緋名子「ふ~~。やっぱり仕事終わりのお風呂っていいわよね~」
あなたの緋名子「宗三、お小夜。準備ありがとうね」
宗三左文字「いいえ。大した事はしていませんよ」
小夜左文字「僕達はお湯を沸かしただけだし...」
あなたの緋名子「それでもよ。二人が準備してくれてなかったら私血塗れのまま寝る事になってたかも」
宗三左文字「その前に歌仙が風呂に叩き込むでしょうね」
小夜左文字「加州もやりかねない...」
あなたの緋名子「やめてよ。もう力ずくで風呂場に引きずっていかれるのは勘弁よ」
宗三左文字「経験済みでしたか」
思ったよりも敵が多くて疲れて帰ってきた時、そのまま布団にダイブしようとしたら歌仙と清光に首根っこをひっ掴まれて風呂に放り込まれたのは六年くらい前。あの時私は血塗れで本丸を歩き回ったらどうなるかを学習した。
宗三左文字「それでは、僕達は寝ます。主も夜更かししてはダメですよ」
小夜左文字「おやすみ...」
あなたの緋名子「うん。おやすみー」
宗三とお小夜に手を振って、タオルで髪を拭きながら厨に行った。
あなたの緋名子(今日は何飲もっかな~...って、誰かいる。燭台切が明日の仕込みでもしてるのかしら)
厨の明かりがついているのが気になって覗いてみると、そこにいたのは燭台切じゃなかった。
あなたの緋名子「松井江?まだ起きてたの?」
松井江「主...!?」
調理台の前で何やら考え込んでいる松井江に声をかけると、まるで幽霊でも見たような顔で振り返った空色の瞳と目があった。
あなたの緋名子「なぁに?その顔」
私に言われて松井は無意識に驚いていた事に気づいたらしい。慌てて目を逸らして弁解する。
松井江「い、いや...戦に行ったと聞いて落ち着かなくてね...」
松井江「本を読もうと思っても内容が入ってこないし、うろうろしていたらここに来てしまって...」
なるほど、そういう事か。
あなたの緋名子「豊前達の事心配してくれたの?ありがとう」
松井江「え?あ、ああ。豊前達が苦戦していると聞いていたから、それもあるね」
あなたの緋名子「松井江って優しいわよね。あ、江の子達お腹空いてると思うから何か作って持っていく?」
松井江「そうだね。満足に食べられていないだろうから消化しやすいものがいいだろう」
あなたの緋名子「じゃあたまごがゆとかどう?小さい頃、風邪引いて動けない時はいつも歌仙が作ってくれてたの」
松井江「いいね。作り方がわからないから教えてもらえると助かる」
あなたの緋名子「うん。なら一緒に作りましょう」
レシピは歌仙が戸棚にしまっているからそれを出して、材料を揃えて二人でたまごがゆを作った。
「豊前達を心配してくれたのか」と訊いた時、松井江が一瞬どもったのは何でだろう?
あなたの緋名子「できたわね」
松井江「案外難しいんだね」
あなたの緋名子「ねー。これを毎回作ってくれてたと思うと、歌仙には感謝してもしきれないわ」
見た目こそシンプルだけど細かいところが重要なたまごがゆ作りは予想よりも手間取って、夜食を食べる時間としては結構ギリギリの時間に出来上がった。
あなたの緋名子「じゃあ持っていきましょうか。溢したりしないように蓋をして...」
松井江「主」
あなたの緋名子「何?」
振り返ると、松井江が私をじっと見つめていた。しばらくしてゆっくり口を開く。
松井江「今日の戦で、血は流さなかったかい?」
あなたの緋名子「血?」
松井江「ああ、分かりづらかったかな。怪我はしていないかい?」
そういう意図の質問なのね。婉曲な表現だなぁ~。
あなたの緋名子「大丈夫。怪我してないわよ」
松井江「そうか。それならよかった」
松井江「血を流すのは僕だけで充分だからね」
あなたの緋名子「そんなわけないでしょ」
怪我をするのは自分だけでいい。
松井江の言葉に、私は自分でもビックリするほど強い口調で言い返していた。
あなたの緋名子のicvは石川由依さんです。












編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!