朝から、教室の空気がそわそわしていた。
机の上に置かれた紙袋、意味深な笑顔、
いつもより少し高い声。
——今日は、バレンタイン。
スンミンは鞄の中を、無意識に確認した。
小さな箱。
何度も迷って、やっと決めたもの。
前の席のリノは、いつも通りの顔で座っている。
変わらない。
何も知らないみたいに。
それが、少しだけ腹立たしい。
授業中、何度か視線を感じた。
振り向くと、リノがこちらを見ていて、
目が合った瞬間、ふっと逸らされる。
——ずるい。
声だけの夜も、
泊まったあの夜も、
なかったみたいな顔をするくせに。
昼休み、友達に囲まれているリノを見て、
スンミンは一歩引いた。
女の子が笑いながら、
小さな袋を差し出すのが見えた。
胸の奥が、きゅっと縮む。
別に、何でもない。
そう思おうとしたのに、
視線だけは、どうしても離れなかった。
放課後。
スンミンは人気のない廊下で立ち止まっていた。
帰るタイミングを、完全に逃している。
後ろから、聞き慣れた声。
振り向くと、リノが立っていた。
少しだけ息が切れている。
沈黙。
夕方の光が、床に長く伸びている。
リノは一度、視線を逸らしてから言った。
心臓が、嫌な音を立てる。
それ以上、言葉が続かない。
スンミンは,思わず俯いた。
からかうみたいな声。
でも、目は真剣だった。
一瞬、言葉に詰まる。
否定したかった。
でも、嘘になる。
そう答えた瞬間、
リノが息を止めたのが分かった。
心臓が、完全に追いつかなくなる。
リノは、スンミンの鞄をちらっと見た。
スンミンは迷ったけど、
観念して、鞄から箱を出した。
リノの目が、はっきり揺れる。
小さく、笑う。
リノは箱を受け取って、
しばらく開けなかった。
一歩近づく
距離が近い。
触れていないのに、熱が伝わる。
リノが,低く続けた
スンミンの喉がなる
一瞬、間が落ちる。
スンミンは、逃げずに見た。
リノは、ほんの少し笑って、箱を胸に抱えた。
それは告白というより、
確認みたいな言い方だった。
スンミンは、ゆっくり息を吐く。
視線を逸らして、続ける。
リノは何も言わなかった。
ただ、少しだけ距離を詰めて、
頭を下げる。
額が、触れそうで触れない。
その声が、やけに優しかった。
帰り道、手は繋がなかった。
でも、肩がぶつかるたび、
お互いに何も言わず、笑ってしまった。
バレンタインの甘さは、
チョコよりもずっと、
胸の奥に残っていた。













編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。