🐶side
僕がひとしきり泣き終えたあと、あたりはすでに日が沈みかけていて、夕日がまぶしほどに輝いていた。
そんな感じでまた泣きそうになりながらも、
たまにふざけあってカフェからチャニヒョンと歩いて宿舎に向かっていたとき。
空はすでに夕焼けに染まっていて
オレンジと紫が溶け合うような、どこか寂しさを含んだそんな色をしていた。
「きゃはは…」
ちょうど帰宅時間のタイミングだったようで、道路は交通量が増え、行き交う人も途切れることがなくなってきたと思う。
アイドルという職業柄、あまりプライベートで人目につくのは良くないし、なんなら今の僕の顔はきっと人の顔をしていない。
もしファンの人に会って、写真でも撮られてしまったら…
「スキズのスンミン、すっぴんはブスだった?!」
なんて見出しのついた情報が出回ってしまえばそれこそ僕はやっていけない。
チャニヒョンがそう指差したのは、大通りから少し外れた細い路地。
普段はあまり通らない、建物と建物の間に挟まれた、少し人気のない道。
なんてチャニヒョンの過保護を受け取りながら二人でそこに足を踏み入れた瞬間、
夕焼けは、建物に遮られて、急に世界が、薄暗くなった。
さっきまでのオレンジ色は消えて、路地には青と灰色の影だけが落ちている。
少し湿ったアスファルトの匂い。
どこからか、ゴミの匂いも混じっていた。
───そのときだった。
ゴミ袋がいくつも置かれた壁際。
そのすぐ横にうずくまっている人影があった。
チャニヒョンも、すぐに気づいたらしい。
足を止めて、、その人影をじっと見る。
少し距離を保ったまま、静かに声をかけた。
すると、その人影が、ゆっくりと反応してピクリと肩が揺れる。
次の瞬間、ふらっと、顔がこちらを向いた。
輪郭は影に沈んで、よく見えない。
フードのせいで、目元も隠れている。
けれど異常なほど荒い呼吸だけが、はっきりと聞こえた。
苦しそうに、空気を吸い込む音が聞こえて思わず僕は駆け寄っていた。
そして、その人がよろけた、その瞬間。
反射的に、僕はその身体を支えた。
ぐらり、と傾いた身体。
思ったより、ずっと軽くて、ずっと細い。
その拍子に、その人の腕の袖が、ずるりとめくれた。
そこに、見えたもの。
____紫と青が混じった、無数の痣。
手首から、前腕にかけて、痛々しいほどに残る、色の濃い痕。
喉が、ひゅっと詰まった。
この人に、何があったのか。
考えるより先に、身体が強張った。
それがわかってしまうと僕の呼吸はさらに荒くなった気がした。
パニックそのままに僕がそうチャニヒョンに向かって叫んだ瞬間、
その人は、僕の腕の中で、小さく首を振った。
そして、消え入りそうな声で、
──拒絶したんだ。
必死に、何かから逃げるような声音で。
僕が戸惑っていたその瞬間。
その人の身体は、僕の腕の中で、ふっと力を失った。
どさり、と重みが腕にのしかかる。
倒れた。
完全に、意識を失った。
チャニヒョンもすぐに駆け寄ってくる。
僕は地面に膝をつきながら、その人の肩を支え、顔を覗き込んだ。
そのとき___
路地の奥から差し込んだ、最後の夕焼けの光が、
フードの影を、すっと照らした。
見えた横顔。
閉じられた瞳に、長い睫毛。
少し尖った顎のライン。
見覚えのありすぎる鼻筋。
そして─────
信じたくないほど、
恋しくて、愛してやまなかった、
その顔。
一瞬、僕の世界は止まっていたと思う。
音も、匂いも、空気も、すべてが遠のいて、
ただ、目の前の横顔だけが、僕の胸を打ち抜いた。
震えた声だったし、掠れた情けない声だったけど
それでも、確かに呼んだ彼の名前。
頭は追いつかないし、心臓は嘘だと拒否している。
それでも目の前で、僕の腕の中で意識を失った彼を見て愛おしさも蘇ってきて
3年間、
どれほど探しても、
どれほど会いたいと願っても、
現れなかった人が、
こんなところで、こんな形で、僕の腕の中に倒れているなんて。
僕は、ヒョンの冷たくなりかけた頬に、そっと触れた。
___冷たい。
でも、触れたところから僅かに感じる鼓動が、まだ確かに生きていることを示してくれた。
その事実に、涙が一気に溢れた。
胸の中が、ぐちゃぐちゃになる。
会えて嬉しいはずなのに
腕の中のあまりに変わり果てた姿、見てしまった痣。
衝撃、悲しみ。
傍にいられなかったこと。
3年間の後悔と、想いと、祈りの全部。
それらが一気に押し寄せて、僕の心を、壊しそうにした。












編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。