窓際の席でいつも本を読んでいる物静かな
少女だった。
綺麗に切りそろえられた前髪の下にある大きな瞳が
文字を追う。
時折窓から入る風が彼女の髪を揺らしていく。
俺は幾度となくその風景を目にしていたが
3学期になるまであまり話したことはなかった。
ある日突然駆け抜けた強風に、机の上に置いてい
た栞がふわりと宙を舞い、通りがかった俺の足元
に落ちてきた。
「あ」小さく呟いた少女は立ち上がり、栞に手を
伸ばしたが俺が先に拾い上げた。
その栞は手作りらしく、淡いピンクの厚紙に
切り取られた可愛いゲームキャラの写真とハートの
シールが添えられラミネート加工されている。
パンチで丸く切り抜かれた所に付けられたリボンは
台紙より濃いピンクで目に鮮やかだ。
「はい」と手渡すと「ありがとう」と小さな声が
返ってきた。
栞を指差し尋ねるとふわっと頬がピンクになり
と、両手でギュッと握りしめていた栞を後ろ手に隠
す仕草を見て今度はこっちが慌てた。
好きなキャラを褒められたことが嬉しかったらしく
目を輝かせてそう教えてくれた。
それがきっかけで初めてのゲームの攻略のコツを聞
くようになり、お互いのプレイ動画を見せ
あったり、面白エピソードを聞かせ合い笑った。
そのうち他の話もよくするようになった。
少女は読書が趣味だという。
俺はネッ友と話してるのが好きで、あまり本を読む
習慣がない。
少女が読んでる本のあらすじや感想を聞くと読んだ
気になるくらい面白く、言葉の紡ぎ方が心地
良かった。
逆に見えない相手との会話が苦手だという少女は
俺の話を興味深く聞き、上手くなりたいという小さ
な願いを叶えてやりたくてコツを教えた。
穏やかな少女と話すことは楽し俺の日々にまた一つ
小さな彩りが加わったがそれはあまり長くは続かな
かった。
2年に進級する春、少女は父の急な転勤で転校
してしまったからだ。
クラスや女子達と話す時には感じないものが
ぼんやり俺の中に生まれていたが、それよりも
ネッ友に勧められてゆっくり実況を見てからは
好きなゲームにより一層のめり込んでいった
こともあって、そのままいつしか忘れて
しまった。
今思えばそれは初恋だったのかもしれない。