じめっとした空気に包まれた
体を起こし、目を擦ると、灰色に染まった世界がソルの目に飛び込んできた
あたりは蒼然としている
アスファルトは引き裂かれ、街路樹は根こそぎ倒れている
生きているものの気配は感じられず、残骸の中で動いているのはソルだけのようだった
砂埃を避けようと、両手で頭を抱えてうずくまってみたが、風はひっきりなしに吹きつけるだけだった
ソルは再び辺りを見渡した
空は黒く、赤い光が混ざっていた
雷が鳴り響き、街はチカチカと色を変えていた
全てが崩壊したらこうなるのだろうか
建物の残骸があちこちに散らばっている
まるで地球が滅亡して、最後に取り残されたかのような、寒くて孤独な場所だった
ソルは意識を失う前の瞬間を思い返してみた
それでも目の前の現実は変わらなかった
このままでいるわけにはいかない
ソルはゆっくりと歩き出した
歩みを進めるたび、ジャリッと砂の鳴る音がする
……まるで世界の果てにいるようだった
しかし、なんとなく見覚えのある光景
しばらく歩き続けているうちに気がついた
崩壊はしているが、見慣れた建物がある
決してこんな姿ではなかったが、ソルもよく知っている場所
いつかここで公演をすることを夢見て、スマホの待ち受け画面に設定していたあの場所だ
無惨な姿になったコンサート会場に向かった
ソルはゆっくりと歩き始めた
どのグループよりも売れて、この場所でステージに立つことを切に願ってきた
待ち受け画面のコンサート会場を見つめては、堂々とステージに立つ自分たちの姿を想像しながら日々意欲を掻き立ててきた
しかし今、その場所には残骸と骨組みだけが残されている
ソルはまるで、自分の夢が否定されたかのように感じた
手が震え、体の奥底から絶望感が込み上げてくる
ソルはすぐに背を向け、その場から足を踏み外しながらあてもなく走り続けた
建物の瓦礫を踏み潰しながら走り続けた
灰色の砂と破片が飛び散り、足の甲をかすめた
しばらく走ったところで足を止めたが、実際は一歩も進むことなく、その場に留まったままであることに気がついた
ソルは焦りで唇を噛み締めた
一刻も早くこの場から離れたかったが、逃げ出すことはできなかった
本当は、わかっていた
この後に訪れる必然的な悪夢を
逃れられない巨大な瞳を
抵抗し、避けなければならない巨大なもの
触れてはならない何か
しかし、運命のようにそれは現れる
突風が吹いた
恐れていた瞬間が訪れた
脳内に響き渡るように誰かの声が聞こえた
肩がビクッと震えた
足が重くなり、意識が朦朧とし始めた
ケラケラという笑い声
ソルは後退りしようとしたが、足が言うことを聞かない
声がだんだんと近づいてくる
ソルは抵抗すべく必死に体を動かそうとして、そのまま後ろに倒れてしまった
ドサッ
荒れた地面の上で乱れる髪の毛
ソルは瞬きを繰り返した
胸の上で巨大な何かが体を押さえつけている
鋭い爪が目に入り、冷や汗が流れた
ソルは思わず咳き込んだ
ゲホッ、ゲホッ
咳をしたせいで涙が溢れた
ソルは涙を拭おうと腕を上げようとしたが、体に力が入らず、それさえも叶わなかった
ようやく咳が収まり、目の前の存在に顔を向けた瞬間のことだった
縦に長く伸びる二つの巨大な瞳孔が、ソルの視線を追うようにして動いた
見た目は猫だが、その大きさはそこらの猛獣も比にならない
息を詰まらせたソルを見て、猫は目を細めた
その笑みに鳥肌が立った
ソルが黙っていると、鋭い爪が深く胸に食い込んだ
化け物の質問に答える必要などないのに、無意識のうちに答えが喉まで出かかっていた
魔法
魔法を使えたらどんなにいいだろうか
ソルは夢だったコンサート会場を思い浮かべた
かねてから、メンバーたちとあの場所に立つことを夢見てきた
まるで、願うことが当たり前かのように
その瞬間、先ほど見た廃墟が頭をよぎった
骨組みだけが残された不気味なコンサート会場が
頭から冷水をかけられたようだった
考えるよりも本能のほうが早かった
ソルは全力でもがいた
鋭い爪により服が裂かれ、血が滲んだが、それでも抵抗し続けた
なんとか体が自由になると、ソルは必死で走り出した
舌打ちと共に、追いかけてくる猫の足音が聞こえた
ダダダッ
ソルは力の限り走り続けたが、目の前は行き止まりだった
そこは既にほかの建物で遮られていた
ソルは辺りを見渡し、瓦礫が折り重なったところへ飛び込んだ
幸いにも身を隠せる空間があった
息をついて顔を上げると、そこはステージの上だった
不気味な風が再び激しく吹き始めた
ソルは瓦礫の中に身を潜めた
化け物の近づく音がする
不安に駆られ、辺りを見回したが、できることは何もなかった
崩れたステージの床を踏むと、壊れた照明が砂埃で揺れた
空は相変わらず黒くなったり赤くなったりを繰り返している
一瞬何かの影が目に入り、ソルは後ろを振り返った
そのときだった
赤黒い空の隙間から、明るい光が差し込んだ
ソルはぼんやりとその光を眺めた
暖かそうな、ミント色の光
ソルはゆっくり光の方向へと進んだ
寒くて孤独なこの場所で、この光は不思議なほど優しく感じられた
不思議と信頼感が生じていた
躊躇うことなく、ソルは光の中に飛び込んだ
全身が光の中に入った瞬間、何かに手を掴まれ、さらに引き込まれた
全身が柔らかな光に包まれる
ずっと寒い場所にいたからだろうか
光の中はとても温かく穏やかに感じられた
ソルは無意識に呟き微笑んだ
しばらくすると、その優しい光は体を軸に、円を描きながらゆっくりと離れていった
光がまつ毛に触れ、広がっていく
見惚れてしまうほど美しい光景だった
ソルはなんとか光を掴もうとしたが、そんな努力も虚しくミント色の光は留まることなく消えていった
手に残っていた温もりも次第に冷めていき、ソルは力なくため息をついた
光は完全に消え失せ、ソルは残った温もりを逃すまいとギュッと拳を握り締めた
その瞬間、何か違和感を覚えた
手の中に何かある
ソルはゆっくりと手を開いた
光の温もりが消えたその場所に、小さな何かがあった
ソルはそっと転がしてみた
一般的な六面体のサイコロではなかったため、それがサイコロだということがすぐにはわからなかった
サイコロは光の温もりを帯びているようだった
寒くて孤独なこの場所に長くいすぎたせいだろうか
だんだんと体が感覚を失い、固まっていくのを感じた
ソルは目を瞑り、大切にその温もりを感じた
サイコロの温もりもゆっくりと冷めていった
物音が聞こえた
そっと目を開けると微かな光が入ってきた
暖かかったあのミント色の光ではない
ソルもよく知っている光
レッスン室の照明だ
再び視界が明るくなる
何度か瞬きをするうちに、ぼんやりとしていた視線がはっきりと晴れ始めた
唇を動かすと、微かに声が溢れた
ソルは体を起こした
頭がクラクラする
聞こえてくるユジンの声
わざわざ目をやる必要もない
正面にあるレッスン室の鏡に、練習する二人の姿が映っていた
ソルはそのまま目だけを動かした
部屋の隅で眠るアビス、隣にはスマホを見つめるビケン
いつもの日常だった
ソルは頭を振った
そしてようやく、これが現実であることを理解した
夢の中と同じように全身の筋肉が凝り固まっている
肩をさすってみたが、緊張でこわばったままだ
目の下がプルプルと震えた
疲労感が増している
夢の内容が記憶から薄れることなく、巨大な猫の姿が強烈に脳裏をよぎった
廃墟となったステージとミント色の光が蘇る
ソルは自分の手に目をやった
ここにあの光があった
自然とため息が出た
そして再び肩に手をかけようとしたとき、誰かに背中を叩かれた
ソルはクスッと笑った
ビケンが隣に座り、背中を叩いていた
一瞬ではあるが、憂鬱さを忘れることができた
ソルはビケンのままごとに付き合うことにした
ソルが背中を差し出すと、ビケンは待っていたかのように手のひらで押しながらマッサージを始めた
ビケンが肘で肩を押すと、ソルは痛みに耐えかね声を上げた
ソルはクスッと笑った
二人はクスクスと笑い合った
その声に興味を示したのか、寝転んでいたアビスがフラフラと近づいてきた
ソルは一瞬考えた
話してもいいのだろうか
正直わからない
大したことのないような気もしたし、すごく重要な夢のような気もした
文明の利器?
首を傾げるソルにビケンが言った
ソルは笑った
そんなものもネットで調べられるのか
ソルが起き上がり、スマホを取りに行こうとすると、隣で黙っていたアビスが言った
ソルは、その猫が化け物のように大きかったということは言わなかった
検索したアビスが首を傾げた
想像以上に重い内容だった
ソルの肩から手を離したビケンが、アビスと共に検索結果を見ながら言った
ソルは納得できないと言った顔で答えた
その時、肩に強い力がのしかかった
ソルは頭を軽く後ろに反らせた
ユジンがソルの反対側の肩を掴みグッと押した
ソルはため息をついた
もっと詳しく話そうかとも思ったが、ただでさえ崖っぷちにいるメンバーたちに、これ以上不安な思いをさせたくなかった
ビケンが頷きながら言った
ユジンはソルの背中をドンドンと叩いた
ユジンはうんうんと頷いた
ソルは驚いて目を見開いた
ソルは首を振りながら考えた
そういえば、夢で見たあの光もミント色だった
夢で見た光と同じなんだろうか
ソルは深く息をつき、座ったまま脚を開いてストレッチを始めた
これ以上、この話題を続けたくなかった
わざと平然を装おうとするソルにアビスが近づき、グッと背中を押した
知らぬ間に加勢していたビケンがソルの脚を少しづつ開いていた
ソルが悲鳴を上げるとみんなケラケラと笑った
重々しい空気がぱっと晴れたようだった
















編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!