「いーの、伝える気ないから」
あなたはイタズラっ子のような表情でそう言った
私はそれがどうにも腑に落ちない
相手を待つほど、消極的な性格ではなかった筈だが…
暫く悶々と考えていると、廊下の向こうからゲンが小走りでやって来た
なるほど、大方復興の話だろう
ガシッ、
立ち去ろうとするゲンの肩を掴んで引き止める
奇遇な事に龍水が通りかかったのを見つけたのだ
口から出任せ、ゲンが隣で目を白黒させている
他でもないあなただ、断られはしないだろう
ほとんどが嘘だし、色々と怪しすぎるが、
まぁ良しとしよう
ぴちゃん、と浅瀬に手を沈めて水を弄ぶ
あれだけキラキラと輝いて、私を死に誘っていた海は、
もう魅力的には見えなかった
あなたの部屋へ訪れてみたが、扉をノックしても返事はない
それに…鍵が開いている
本人の了承なく女性の部屋に入るなど、無粋を承知で足を踏み入れた
船乗りの勘が、今すぐ確認しろと警鐘を鳴らしている
中は、まるで生活感がなかった
物が少なすぎる、整理整頓されすぎている
どんなミニマリストで綺麗好きでもここまで生活感なく出来るだろうか
それから特徴的なのはテーブルに置かれた楽譜だ
彼女の本職はシンガーソングライター、楽譜があること自体は何ら不思議ではないが
やけに綺麗に整えられている
誰でも入れるように鍵は開いていて、中は整頓されて物が少ない割に、見てくれとでも言うように堂々と楽譜が置かれて
部屋の全てが、違和感の塊だった
ぱしゃん、ぱしゃん、とカウントダウンのように水面を揺らす
どんどん足に触れる海水が高くなっていく
心臓が意味分かんないくらい暴れて、息が浅くなる
フゥ…と肺に残った空気を吐き出して、私は頭のてっぺんまで海に浸かった
苦しい、苦しい…苦しい。
息が出来ない。
それでいい、
あの男の血が流れるこの肉体の罪ごと、海に洗われて
もしもまた、この世に生まれて来られるのなら
その時は絶対、君を見つけ出して
「すっと、ずっと好きだった」と伝えさせて
#こんなめんどくさい女、君は嫌かなぁ…
















編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!