今日は婚約破棄当日。
私は一人で式場へと向かっていた。
怖くないと言ったら嘘になるけど、サフィールさんとキアン。……二人が教えてくれた。なんとかなるってことを。
式場にはたくさんの人が集まっていた。
貴族も、街の人達も。子供から大人まで。皆の視線はどこか面白がるような高みの見物といったものばかり。
悪役令嬢の私が、ルビアンに婚約破棄されるところを見たがっているのだろう。
だけど、皆が望むようなスカッとする展開には出来ない。
私は、私のやるべきことを全力でやるって決めた。
私は、深呼吸を一つしてから壇上へと登った。
その途端、ザワザワとした空気が静まり返る。皆の視線が一斉にこっちを向くのが分かった。
静まったのは一瞬のこと。
彼らはすぐに、隣同士で声ををひそめて何かを話している。
内容は聞かなくても大体見当はつく。
多方、私の悪口で盛り上がっているのだろう。昔の私なら……いや、昨日までの私なら、"どうせ慣れている"からと、何も言わずにいただろう。
でも、ルビアンが言ってくれた。
"傷つくことに慣れるな"って。
今までは悪役令嬢だから、そう言われても仕方ないのだと思っていた。だけど、私は悪役令嬢である前にただの女の子なんだ。ルビアンがそのことに気づかせてくれた。
私は、静かに、でも会場中に響くように言葉を切り出した。
私がそう挨拶すると、会場は更にザワついた。
ただの悪役令嬢だと思っていた人が、急に敬語を使いだしたのだから無理もないだろう。
病み上がりの時に、サフィールさんに叩き込まれた知識だ。忘れたくても忘れられるはずがない。
そう言い終わった直後、会場中に大きな声が相次ぐ。
「婚約破棄を破棄!? そんなのありかよ!」など、驚きや批判的な声が多数押し寄せてくる。それでも私は、続ける。
だけど……
会場から、野太い声がした。
貴族の男だろうか。全身ピカピカと光っていて、身につけている物全てが高級そうだ。男は、ズカズカと壇上へ駆け上がると、息を荒らげながら手を振り上げた。
その途端。私は、男の手首を掴み、勢いよく回し蹴りをする。これも、サフィールさん直伝だ。もちろん、キアンのおかげでもある。
嫌なやつはぶん殴っちゃえばいい。ふふ、本当だね。すごくスッキリした。
私は、男を床に押し付けたまま、会場中に聞こえるよう声を張り上げた。
空から巨大な飛行船が飛んでいる。会場の人達は、一斉にそちらに意識を向いた。
手前にある窓から、バサァッと長い縄ばしごが投げ降ろされる。ルビアンがその上で、手を伸ばしている。
バッとルビアンに抱きつくと、彼は力強く中に引っ張ってくれた。
病み上がりとは思えない力だ。
本当にこの人はーー! 色々突然すぎる!
私は、唖然としながらも彼の腕の中に収まっている。
でも、ルビアンって真面目な人だと思っていたけれど……
式場での挨拶、しなくていいのかな?
私がその疑問を彼に投げかけると、彼はなんてことのない顔でルビーの宝石を取り出す。そこには、会場の映像が映し出されていた。
私がさっきまで立っていた場所には見覚えのある人形が佇んでいた。そしてその人形が、あろうことか喋り出した。
人形が話し終えると、会場の人達はその内容よりも人形の作りや見た目に関心が向いているようだった。
ルビアンが私の唇にチョンと人差し指を置く。
それについてドキドキする暇はない。私にはまだ「あれ」が残っている。私は、恐る恐る彼を見上げながら、借金について聞いてみた。あの一千万ある借金だ。
そんな私をルビアンは楽しそうに後ろから私を抱きしめている。
……いい加減すぎる。
彼に言いたいことは山ほどあるけど……今は、このままでもいいかな。
私は、彼に身を委ねて暖かな風を感じるように目を瞑る。
今日は五月二十九日。
世間では語呂合わせで、幸福の日と呼ばれているらしい。
借金がある中、本当に幸福かどうか定かではないが……それでも、私は幸せな女の子だと思う。ルビアンの気持ちが分かったし、何よりこれからも彼の隣にいられるのだから。
婚約破棄までゼロ日。
借金金額一千万。
返済まで??日。
1.(完)












編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!