第8話

前編 未来で、二度と会わないために。
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2026/02/07 12:00 更新
※注意

本話には震災・死別を描写する場面があります。
苦手な方は閲覧をお控えください。






ゴヌが、私の前に現れたのは、
特別な日でも、運命的な場面でもなかった。


大学の講義といつものバイトを終えて、
自宅までのいつもの道を歩いていた夜。

コンビニの明かりの下で、
パーカー姿の背の高い男が、立ち尽くしていた。


「……あの」

声をかけられて、足を止める。

年上にも見えるし、年下にも見える。


整った顔立ちなのに、どこか遠い目をしていた。


「ここ、○○町で合ってますか。」
あなた
……はい。そうですけど。

それだけの会話なのに、
彼は少し安堵したように息を吐いた。

「よかった。」

まるで、ずっと探していた場所に辿り着いたみたいに。



それが、ゴヌとの出会いだった。

行くあてがない、と彼は言った。


携帯も使えなくて、今日は泊まる場所もない、と。

普通なら、警戒する。
断る理由はいくらでもあった。

それなのに私は、
なぜか彼を放っておけなかった。

あなた
……一晩だけ、なら。

そう言って、
自分のアパートの鍵を開けてしまった。

ゴヌは、驚くほど礼儀正しかった。

靴を揃えて、部屋に入る前に一瞬、
何かを噛みしめるような顔をした。


「ありがとうございます。」

その声が、少しだけ震えていたことを、
私は見逃してしまった。



そうしてゴヌとの同棲生活は、
始まったというより、気づいたらそうなっていた。

食卓を挟んで向かい合う時間が増えて、
同じソファでテレビを見るようになった。



距離は、確実に近づいているのに。

ゴヌは、
一線を越えることは、決してしなかった。




夜遅く、
私がうたた寝をしてしまったとき。

目を覚ますと、
ゴヌは少し離れた場所で、私を見ていた。
あなた
……ゴヌ?
呼ぶと、彼はすぐに視線を外す。


「ごめん、起こしたよね。」

その声は、悲しいくらい、優しかった。



数日一緒に過ごすだけで、
私は彼に惹かれてしまっていた。


あなた
……ゴヌは、私のこと、どう思ってるの。
勇気を出して聞いた夜。


ゴヌは、しばらく黙ってから言った。

「大切にしたい人。」

それだけ。
あなた
それ以上は?


問いかけると、
彼は困ったように笑った。


「……それ以上は、だめなんだ。」

理由は、教えてくれなかった。



ゴヌが来て、ちょうど一週間が経った朝。
目を覚ますと、ゴヌの姿はなかった。

部屋は、来たときと同じように整えられていて、
まるで、最初から存在しなかったみたいだ。

連絡先も、行先も、何もかも知らない。


ゴヌは私の前から忽然と姿を消した。




そんな直後に出会ったのが、
大学の一つ年上の、ジュンソ先輩だった。

真っ直ぐで、親切で優しくて、
感情を丁寧に言葉にしてくれる人。


「あなたちゃん、好きだよ。」

「僕と、一緒にてほしい。」


迷いのないその言葉に私は少しずつ救われ、
ゴヌの記憶は薄れていった。


それなのに。
夜、ふとした瞬間に思い出す。

期限付きの、あの一週間。


——未来で、
二度と会わないためだったなんて。

このときの私は、思いもしなかった。

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