〜阿部Side〜
『…お前の大好きな、殺し合いをしよっか?』
俺がそう言うと、翔太の視線がさっきよりも刺さってきた。
あ、目黒戻ってきてるな、この感じ。
このまま佐久間と交戦するってなると翔太は邪魔になるし、目黒に連れてってもらおっと。
ついに我慢出来なくなったのか、翔太が話に割り込んできた。
不安気に揺れる瞳を見て愛しいと思ってしまうのは不謹慎かな?まあ、どんな表情でも可愛いと思ってしまったが最後だよね。
なんて一人で納得してる間にも、翔太は一生懸命俺を止めようと話しかけてくる。
でもごめんね、翔太。
躊躇うかも、って思ってたけど意外とすんなり言うことを聞いてくれた。まあ、こんな特殊な状況だけどここは会社だからね。俺がルールだし。
この言葉が、嘘にならないといいな。
そんな、叶うかどうかの保証も無いような願いも込めて、一瞬だけ二人の方を見て微笑んだ。その一瞬で合った目黒の瞳に、全ての思いを込める。
"翔太を、お願い"
思いが伝わったのか、目黒は深く頷いて翔太とオフィスを出て行った。
〜渡辺Side〜
ずっと無言で手を引かれる。身長は目黒の方が大きいとはいえ、俺だって武術をかじってる身なのに、この力の差は何だよ……
最早引きずられてるって言っても過言じゃない構図じゃない?会社に誰も居ないのは阿部か佐久間の策略なのかもしれないけど。
阿部の様子が気になって何度も振り返るけど、オフィスの扉は遠ざかるばかり。
壁に寄りかかるようにして座っていたふっかが立ち上がって俺の所に駆け寄ってきた。ちゃんと自分の足で立ち、意志を持った瞳で俺を捕らえている。
やっぱりそう見えるよな?ほら、って言わんばかりに掴まれている手を振ると、目黒は渋々俺の腕を離した。
ふっかに鋭い視線を向けられて、どう反応していいか分からなくなる。ここで全部言っちゃうのが正解なのか?でも、今更感がすごいんだよな。
なんてぐるぐる考えてたら、刺さるような視線が目黒から飛んできた。
ちらっと目黒の方を見るが、ただじっとこっちを見てるだけ。腹をくくるしかないか…
そこから10分くらいで端的にではあるけど話をした。途中で何回か質問が入ったりもしつつ、全て正直に話した。
勿論、阿部や目黒、佐久間の事は俺から言わないほうがいい事もあるだろうし、言葉は濁したりはしたけど、嘘は誓ってついてない。
俺が全て伝え終えて、ふっかは俯いてしまった。
話があまりにも現実離れしすぎているよな。世間を今一番騒がせていると言っても過言ではない殺し屋が、自分の働く会社の社長なんて夢にも思わないだろう。
ましてや、人当たりの良さそうな"あの"阿部なら尚更。
よく、人を見た目で判断するなと言われるよな。
でも、人の第一印象は会って3秒で決まるらしいし、その3秒の内に判断できるのは全部視覚からの情報だから、どんな偏見を持っていても仕方ないんだよ。
その通り過ぎて言い返せないのが悔しいけど、こいつほど本来の俺を知ってる奴なんていないと思う。
涼太とも長い付き合いだけど、ふっかの方が大人になってから長く一緒にいるし。
どうせ行ったって阿部の邪魔になるだけだろうし。行くだけ時間の無駄だろう。
同意を得るように目黒の方を見ると、目黒も渋々頷いた。やっぱりそうなんだよ。それだけ、佐久間は手強いんだ。
目黒は、きっと誰よりも1番近くで阿部を見てきた人だ。俺なんかより、目黒の方が阿部を理解してる。
目黒がそう言うなら、俺は阿部を信じるしかない。
悩んだ末、行くことに決め、3人でさっきのオフィスまで戻った。扉の前まで来て、ある違和感に気付く。
オフィスからは何の音も聞こえてこない。扉を隔てているにしても異様なほど無音だった。
オフィスの扉に手をかける目黒を、ふっかと後ろからじっと見つめる。ピリつくような緊張感の中、鈍い音を立てて扉が開いていった。
そーっと目黒の後ろから中を覗くと、元のオフィスとは思えないほどに机や椅子が散乱していて、まるで原型が無い。
証明が落ちたのか薄暗くなっているオフィスに、ただ一人、ぽつんと立っていたのは阿部だった。
こちらに背を向けて立っていて、どんな表情をしているのか分からないのが、怖くて仕方ない。
目黒からの許可を待って、オフィスに足を踏み入れた途端、重りを両肩に乗せられたみたいに体が重くなって、足が動かなくなった。
そして、それと同時に鼻を刺すような生臭い血の匂いを感じた。それが佐久間のものなのか、阿部のものなのかは分からないけど、多分相当な血の量だと思う。
無理矢理足を動かして、手を伸ばせば届く距離まで来れた。
さっきまで着ていたはずのジャケットはどっかいってて、ワイシャツを腕を捲って着ていた。そのワイシャツもあちこち破れてるし、汚れてるし、血も付いてる。
文字通りの「死闘」だったんだろうなって察した。
ゆっくりと振り返った阿部は、今まで見てきた阿部とは全く違う空気を纏っていた。
冷たくて、鋭くて、なんとも言えない嫌悪感が全身に突き刺さるような、そんな雰囲気を醸し出してる。
そんな阿部が怖くて仕方なくて、咄嗟に顔を逸らした。きっと、目が合ったら視線で射殺されてしまうんじゃないかって思うほどに怯えていたから。
下を向いてぎゅっと目を瞑っていると、頭上から阿部の声が降ってきた。最早それすらも圧を感じる。
体の震えが止まらなくて、今すぐにでも引き返したいほど、阿部の存在を全身で否定している様な感覚。
そう言われて、おそるおそる顔を上げた。
目が合って、さっきよりも感じる圧力。
でも、不思議と俺が恐れてた程の恐怖は感じない。
表情を全く変えず、平然とそう言う阿部を見て、これが殺し屋なんだって悟った。
これが、殺し屋としての阿部なんだ。
初めて"殺し屋の阿部"と会って、どこか納得したような気分になった。
そう言って笑った阿部は、さっきまでの重く冷たい空気が完全に消え、俺の知る"いつもの阿部"に戻っていた。
もしかして二重人格なのか、そう思ってしまうほど空気が違う。いつもの温かい雰囲気を纏った阿部だった。
スイッチか何かがあるのかもしれない。殺し屋のスイッチが切れたから、いつもの阿部に戻ったのかも。
目の前から突然阿部が消えた。
いや、俺が反応できなかっただけで、阿部はその場に倒れたんだ。なんの前触れも無く、体が崩れ落ちる様に倒れた。
阿部の体を揺すったりしてどうにか起こそうとするが、当然反応は無い。
どうしていいか分かんなくなって、咄嗟に目黒の名を呼んだ。すぐそこまで来てくれてたのか、目黒はすぐ俺の隣に並んで阿部の様子を見てくれる。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。