スタジオ練習が終わったあと、
どうやって家に帰ったのかよく覚えていない。
メンバーの笑い声や、
ひまちゃんのあの刺すような視線から逃げるように、
俺は早足でスタジオを後にした。
家の鍵を開けた瞬間、堪えていた咳が爆発した。
喉の奥を熱い鉄板で焼かれているような、
鋭い痛みが走る。
壁に手をついて、必死に呼吸を整えるけれど、
肺に入ってくる空気が冷たすぎて、
また激しく咽(むせ)び返った。
カバンを床に放り投げ、洗面所へ向かう。
うがいをして、喉の熱を冷やしたかった。
洗面台の鏡に映る自分は、
さっきスタジオで見た時よりも
さらに酷い顔をしていた。
チークで誤魔化した頬の赤みが、逆に不自然で、
道化師(ピエロ)みたいに見えて吐き気がした。
水を口に含み、上を向いてガラガラと音を立てる。
その瞬間、喉の奥に、鉄のような生臭い味が広がった。
ペッ、と吐き出した水を見て、俺の思考は止まった。
真っ白な陶器の洗面台に、点々と散った鮮やかな『赤』。
それは、紛れもなく血だった。
喉から血が出るなんて、そんなの、
もう歌い手として終わりじゃないか。
指先がガタガタと震え出す。
完璧じゃなきゃいけないのに。
シクフォニの癒やし担当で、
透き通った声を出さなきゃいけないのに。
今の俺の声は、ボロボロに擦り切れた楽器と同じだ。
ピコン、とスマホが鳴った。
グループチャットの通知音。
今の俺にとって、
それは死刑宣告の音のように聞こえた。
『頼りにしてる』
その一言が、鋭いナイフになって心臓を突き刺す。
らんらんは優しい。
リーダーとして、
メンバーを気遣ってくれているだけだ。
でも、その優しさが、
今の俺には「歌えないお前に価値はない」
と言われているように感じてしまう。
俺は震える手でスマホを掴み、文字を打ち込んだ。
送信。
また嘘をついた。
俺はもう、何重もの嘘で自分を塗り固めている。
喉の痛みを紛らわすように、
俺はふらつく足取りで作業デスクに向かった。
液晶タブレットの電源を入れる。
冷たい青白い光が部屋を照らし、
描きかけのイラストが浮かび上がる。
「シクフォニ」の6人が肩を並べて笑っている絵。
でも、その中の「自分」の顔だけが、
どうしても描けない。
どんな顔で笑っていたっけ。
俺、どうやって笑うのが正解だったっけ。
ペンを握る手に力を込めるけれど、指先が冷え切っていて、思うように線が引けない。
画面を睨みつけていると、また視界が歪んだ。
ポタ、と。
描いたばかりのキャンバスの上に、
涙じゃない、赤い滴が落ちた。
鼻から流れた血が、画面の中の俺の笑顔を汚していく。
拭おうとして、余計に画面が赤く染まる。
俺のパレットには、もう、
綺麗な緑なんて残っていない。
そこにあるのは、自分を削って流し出した、
濁った赤色だけだった。
ただいまぁ〜!











編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。