春の空は、少し霞んでいた。
白いチャペルの鐘が、午前の光の中で鳴り響く。
新しい季節の風が、桜の花びらを空へ運んでいった。
控室の鏡の前で、美咲は静かに息を吸った。
鏡に映る私は、伸ばしていた髪を、高めの位置に編み込んでお団子にし、口許を赤く染めて微笑んでいる。
少し碧みがかったドレスの裾が光を受けてきらめく。
鏡の中の自分が、少し信じられなかった。
「……ほんとに、私なのかな」
「当たり前でしょ」
扉の向こうから、懐かしい声。
振り向くと、心葉がブーケを抱えて立っていた。
その隣には、穏やかな笑顔の悠翔も。
「似合ってるよ、美咲」
「ありがとう……心葉も、変わらないね」
「変わったよ。だって、今は“既婚者”だもん」
心葉が笑って、ブーケをそっと渡す。
それを受け取った瞬間、胸がじんわり熱くなった。
「ねぇ、美咲」
「うん?」
「昔、たくさん泣いてたよね。
受験のときとか、思うようにいかない時とか…
でも、ちゃんと前見て、ここまで来たじゃん」
「……ありがと」
「碧くん、絶対に泣くね」
「泣かないでしょ」
「いやいや、絶対泣く。
だって、美咲のこといちばんに思ってるから!」
どう返していいか分からず、苦笑いした。
その予言は、すぐに的中することになる。
扉がゆっくりと開く。
光が差し込み、参列者のざわめきが遠のく。
隣にいるのは、もう既に泣きそうなお母さん。
女手一つで、私を大切に育ててくれたお母さん。
ぶつかることもあったけど、それは全部私を思っているからこそのことで……
「お母さん、ありがとう。
これから、もっと頼ることになるけど…」
「ふふっ、当たり前でしょ?
人生の後輩として、娘として、どぉんと頼りなさい」
それに応えるように、お母さんの腕をギュッと握って、頷いた。
前に進む。
扉の先――バージンロードの一番奥で、碧が立っていた。
タキシード姿の彼は、
あの日の少年とは違う、
けれどどこまでも“碧”だった。
美咲が一歩ずつ歩くたび、
碧の目が少しずつ潤んでいくのが見えた。
――あ、ほんとに泣いてる。
心葉の言葉を思い出して、小さく笑ってしまう。
そして、目の前にたどり着いたとき、碧が小さく息を吸った。
「……やばい。無理。泣く」
「ちょ、もうちょっとまって…!」
美咲が小声で笑うと、碧も笑いながら涙をぬぐった。
牧師の言葉が静かに響く。
指輪の交換。
誓いの言葉。
そのどれもが、
ずっと心の中で温めてきた“約束”の延長にあった。
「美咲」
「……うん」
「これから先もずっと、“一緒に頑張ろうな”」
その言葉に、美咲は涙をこらえきれなかった。
「うん。ずっと、一緒に」
ふたりの指が絡み、
会場の拍手が一面に広がる。
鐘の音が響いて、
桜の花びらが再び風に舞い上がった。
披露宴の夜
ガーデンに出ると、夜風が頬を撫でた。
イルミネーションの灯りの下で、心葉と悠翔がグラスを片手に笑っている。
「おめでとう、美咲」
「ありがと、心葉。
……なんか、あっという間だったね」
「うん。でもさ、美咲。
これからが“はじまり”なんだよ」
「うん」
悠翔がグラスを上げた。
「碧、美咲を泣かせるなよ?」
「ははっ、泣かせるわけねーよ!」
碧が笑ってグラスを合わせる。
その音が、夜空に溶けていった。
(もう少し、もう少しだけ、このままで……)
パーティーも落ち着き、庭にふたりきりで出る。
ライトアップされた桜の下、碧がそっと美咲の手を取った。
「覚えてる?」
「なにを?」
「同窓会の夜。
心葉と悠翔が結婚すると言ったあと、
俺たちも“未来を考えよう”って話したの」
「うん、覚えてる」
「その時の“未来”が、今日だったんだなって思うと……」
碧が少し笑って、
そのまま美咲の額にキスを落とした。
「これからも、隣で笑ってくれ」
「当たり前でしょ」
美咲は少し照れながらも、
まっすぐに彼を見つめ返した。
「だって、私の“特別”は、ずっと碧だもん」
その言葉に、碧がそっと笑う。
「じゃあ――改めて」
碧がもう一度、指輪を握った。
月明かりが反射して、淡く輝く。
「美咲。これから先も、何度でも言う。
お前は俺の“特別”だ」
涙が頬を伝う。
それでも、美咲は笑って答えた。
「……うん。
私も、ずっと碧と一緒に生きていく」
夜空に光が広がる。
花火が、空いっぱいに咲いた。
その光の下で、
ふたりの影が重なり、ゆっくりと一つになる。
エピローグ [ 何度でも ]
夜。
撮影の帰り、静かな部屋に戻ると、窓際のソファで碧が眠っていた。
スーツのまま、腕を組んだまま寝落ちしていて、口元にはうっすら笑みのあと。
そっと毛布をかけ、隣に座る。
指には、あの日もらった指輪。
光が優しく反射して、
まるで“日常の中の永遠”みたいに輝いていた。
テーブルの上には、開きっぱなしのタブレット。
碧の会社の記事が映っている。
《若き後継者、SNS時代に挑む新経営戦略》
――その記事の横に、関連トピックとして見慣れたアイコン。
《#美咲_もう一度好きになってもいいですか トレンド1位》
思わず小さく息を呑んだ。
開いてみると、自分のインステ投稿がタイムラインを埋め尽くしていた。
「あの日の私は臆病で、
うまく言えないまま時間だけが過ぎていった。
でも、もう逃げない。
何度でも、ちゃんと好きになりたいから。
もう一度、好きになってもいいですか。」
その投稿には、
数十万件の「いいね」と、何千ものコメント。
「こんな言葉、涙出る」
「大切な人に送りたくなった」
「“もう一度好きになる”って、勇気の言葉だね」
「改めておめでとう!これからも友達でいようね」
誰かの恋を、誰かの人生を、そっと動かしている――
そんな現実が、画面越しに伝わってきた。
通知の中に、ひとつだけ特別なアイコンが光っていた。
――『碧』。
開くと、そこにはたった一言。
『何度でも。』
そのコメントに、世界中から“いいね”がついていた。
まるでふたりの恋そのものが、
たくさんの人の“希望”になっていくように。
美咲は静かにスマホを伏せ、
眠る碧の手をそっと握った。
「ねぇ、碧。
みんな、私たちの“好き”を見てるよ」
碧はうっすら目を開けて、
眠たそうに笑った。
「……見せていこ?
俺らの“頑張ろうな”の続き、世界にさ」
その言葉に、美咲は涙ぐみながら笑う。
彼の手の温もりは、あの春の日と変わらなかった。
窓の外では、春の風が街を優しく撫でていく。
夜のビルの明かりが遠くに瞬き、
新しい季節が、またすぐそこまで来ていた。
「碧……」
「ん?」
「私ね、何度でも、あなたを好きになるよ」
碧は目を閉じたまま、
静かに笑った。
「俺も。何度でも」
その囁きが、夜の静けさに溶けていく。
やがて美咲はスマホを取り上げ、
新しいストーリーを投稿した。
『“もう一度好きになってもいいですか”
――その答えは、今も隣にいます。』
投稿して数秒後、画面の端に小さく“既読1”。
そしてまた、“いいね”。
涙と笑顔が入り混じる中、
美咲はゆっくりと碧の肩にもたれた。
窓の外では夜がやさしく降りて、
街のどこかで誰かが、
同じように“もう一度”の恋を信じていた。
――もう一度、好きになってもいいですか。
その答えは、世界中の灯りのように、
静かに、確かに、輝いていた。











編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。