もう、とっくの前に約束の五年間は過ぎただろ?と
河村さんは付け足した。
河村さんはかつての先輩ではあるが、今も昔も変わらずクイズを通して共に戦う同士である。時には互いの事を支え、時には互いに裏切って突き放しているが。
だからこその信頼がある。
だからこそ、共に始めようと誘ったんだ。
……あの後輩と一緒に。
名前が世間に知られる度に、対応する相手が強く
なっていく度に会社は成長していく。その成長と共に、
責任という思い荷物が着いてくるのだ。
肩をすくめて外面の、お得意の笑顔を見せた。
肩の力が抜けたその様子は場の雰囲気を和ませるのに
十分だろう。
あれだけはもう二度とごめんだ。
職場に来た時に皆から暖かい目で見られてぬる過ぎて
辛かった。ただ効率良くしようと考えただけなのに。
もう今となってはクイズが恋人だ。
河村さんは肩を竦めて溜息をつき、やれやれといった
ように憂鬱そうにしていた。でも、そう河村さんが
言うって事は俺もその『案内人役』を全うしないと
いけないのでは…と思い、自分も煩わしいと感じた。
そこまで言ったところで、河村さんは黙ってしまった。
どうしたんですか?と言おうと脳が働いたが、その働きの前に、河村さんは目付きを変えて再び口を開けた。
急に刺さったその言葉を聞くと、図星のようで
図星でないような、不思議な感覚に見舞われた。
・弱さを見せることで現実に、同じ世界で生きていると
ギャップを示す。
・自発的に色々行動して、次から次へと仕事が
もらえるようにする。マグロのように動き続ける。
・切磋琢磨するような交友関係を広げる。人付き合いを
面倒だと思わない。寧ろチャンスだと思え。
・自己管理ができないと話にならない。寝る時は寝ろ。
……と、何かの本に書かれてあったことを思い出す。
俺は人間であるはずなのに、"普通"とはかけ離れ、
少し変わった人生を送っている。
別にそれが自身にとって嫌ではなくて、寧ろ好都合
だったと思ってしまうからか、人間味のない人間に
なってしまうのだ。
クイズ番組に出演する自分。
バラエティー番組に出演する自分。
ニュース番組でコメンテーターになる自分。
サッカーが好きな自分。
運転免許試験に筆記で落ちる自分。
全部全部自分である。これが"伊沢拓司である。
俺が出演する番組を大体見ている人は分かるだろうが、番組によって求められる顔も姿も性格も違う。
適応する為に自分は変化して"伊沢拓司"でありながら
"伊沢拓司"ではない自分へと"成る"のだ。
クイズは好きだ。
クイズというジャンルを引っ張っている。
クイズを仕事にして生計を立てている。
嫌いでは無い、嫌いではなく好きだからこそ
何故こうも自身が疲労しているのかが分からないのだ。
声が震え、目尻が熱くなる。
自分でも驚くほど感情が決壊していた。
テレビの前では"してはいけない"顔になっているというのに抑えられない。防衛機制していた抑圧が、
膨れ上がって溢れていきそうだった。
自分から始めた物語を、自分から背負った大きな
"荷物"を、自分が苦しんでどうするというのか。
喉が痛くなり、声が嗄れる。
声が出なくなる代わりに涙腺が崩壊した。
立ったまま泣く自分の背中を、河村さんは黙って
優しく、力強く撫でてきた。その手は、そっと俺を
包み込むようにあたたかった。
河村さんの掌が俺の背中を往復する度に涙が少しずつ、
細い糸のようになって頬を滑り落ちた。俺は目を
閉じて、ただその感触に身を委ねた。
言葉は要らなかった。彼の存在そのものが、
壊れそうな俺の心を繋ぎ止めてくれていた。











編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!