弾き終わった手はなかなか鍵盤から離れなかった
少し俯き涙を流す
入院中、唯一楽しかった場所
大切な思い出が詰まったこの場所にずっといたい
右の壁にもたれて心を落ち着かせるように目を閉じた
演奏が終わったあと彼女はしばらく動かなかった
何か思い出しているのだろうか
彼女の大切な時間を邪魔しないよう近くにあったベンチに腰を落とし、出てくるのを待った
久しぶりに心が落ち着いた気がする
ここに入院してからは全部が思い通りに行かなくてイライラしていた
抜け出したのも、こんな地獄から解放されたかっただけ
でも俺はあの人に助けられてしまった
あの人が止めてなかったら俺はどこかでぶっ倒れてたんだろうな
また自分の不甲斐なさに落ち込みそうになる
でも彼女に出会って、演奏を聞いて、
ここの場所とここにいる時間だけは好きになれる
また彼女の演奏が聞きたい
なんてわがままなことを思ってしまった
少しして彼女が部屋から出てきた
俺は勇気を出して声を掛ける
何やってんだ俺は
彼女に気を使わせて
ろくな会話もできていない
自分がキモすぎる
急にこんな熱量で来られたら怖いだろ
俺はさっきから何を言ってるんだ…!
彼女に言われてさっきのベンチに座り直す
こんなことになるなんて予想してなかった
ただ感想を伝えるようと思ってただけなのに
まさかの新事実に2人ともびっくり
こんな近くに同級生がいたなんて…
考えもしてなかった
それから15分は話しただろうか
彼女といるとあれだけ退屈だった時間があっという間に進む
唯一病気のことを忘れられる時間だった
そう言って立ち上がり黒くて長い髪が揺れる
このまま帰ったら二度と会えない
そんな気がした
咄嗟に出た言葉だった
また話したい
こんなこと言って、引かれるだろうな
まさかの返答に驚きながらも心の中では嬉しさでいっぱいだった
次はいつ会えるのかな
病院も意外といい場所かもしれない











編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。