朝、いつも通り花魁の隣で御膳を啄む。
思わず、隣の花魁を見つめる。
箸を置いて、僕をしっかりと見つめる花魁の顔は、
幸せそうで、優しくて、
それでいて、
どこか、寂しそうな雰囲気をまとっていた。
素直に、喜べない僕がいる。
花魁が居なくなったら、僕は…。
1人でも大丈夫、
今まで、ずっと言い聞かせてた言葉は、
こういうときに限って、声に出せなくなる。
「行かないで。」
なんて、言えない。
花魁は、幸せを掴んだんだから。
僕が、邪魔して良いわけがない。
大丈夫、僕は、1人じゃない。
夜になれば、お兄さんが来てくれるから。
それに、楼主も居るし。
だから、大丈夫。
そう思って居たのに、
その言葉に、一気に背筋が凍った。
箸を置いて、楼主の部屋まで走る。
心臓が忙しい。
柱にぶつかりながら、廊下を走り抜けて
階段を駆け上がる。
勢いよく開けた戸の先には、
青白い顔をして横たわる楼主と
立ち尽くす見世番。
いつもと何か違う。
静かすぎる。
近づいて、そっと肩に触れる。
いつも、触れば届くはずの体温が、
今日はない。
一瞬で、分かってしまった。
でも、信じたくなくて、
どれだけ返事がなくても、
楼主の肩を揺らす。
いつもなら、笑いながら「辞めなさい」って言うのに。
お医者さんのその言葉が、やけに大きく聞こえた。
"楼主弔中のため、3日ほど閉めます。"
店の戸に貼ってある半紙を見たであろう客の
驚く声や残念がる声、題目を唱える声が
静かな帳場に響く。
意味もなく帳簿を開いては、楼主の字をゆっくりとなぞり続ける。
何度も、何度も、
視界が滲んで見えなくなる度に、
袖で乱暴に拭ってた、またなぞる。
分かってる。
それでも、座って居たい。
ここに居れば、1人じゃないと、思えるから。
しん…と静まり返る帳場に、小さな足音が近づいてくる。
優しく言い聞かせてくれる花魁の言葉に
返事をすることが、できなかった。















編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。