食い入るように開かれた頁を見つめていると、兄が返答した。兄が持ってきた書物には見覚えはなく、僕が初めて見るものだった。
兄の問いかけに、記憶が掘り起こされた。行列が視界に入った途端、粉雪が舞い始めたあの夜のことを。
雪女。名前の通り女ばかり生まれる妖。見たり話しかけてはならないという伝承がある。冷たい息で対象者を氷漬けにしてしまう恐ろしい妖だ。
恐る恐る尋ねれば、兄は「分からない」と頭を振った。
「断定は出来ないけどね」と付け加えられたところで恐怖が薄れることはない。では、なぜ僕はあの時なんの異変もなくここに戻って来れることが出来たのか。
ぽんと頭に手を置かれる。桃色の瞳には、兄として弟である僕を心配する思いが滲んでいた。
「里の妖狐の命はいむにかかってるんだよ」と、なんとも他人事のように言われる。本気とも冗談ともつかないその言葉に思わず息を呑んだ。
あっけからんと口から飛び出た一言に間抜けな音が飛び出た。どうしてそんな大事なことを直前まで黙っていたのか。
呆れた瞳を向けられ、思わず言葉に詰まる。行動力は有り余っている僕は何度もやらかしてその度に兄を困らせていた前科持ちだ。
障子の向こうから兄を呼ぶ声が聞こえた。兄の声が『妖狐のないこ』の威厳のある声色に変わる。
「すぐ戻るから部屋にいるように」と僕に釘を刺してから退出した兄を見送り、窓の外に視線を移す。
あの時と同じように、妖しげな三日月が輝いていた。












編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!