第5話「黒い風の呼ぶ夜に」
夜のモンドは静かだった。
昼間の明るさとは違い、風がひんやりとして、星が滲むように瞬いている。
けれどその美しさの裏で、空気のどこかに“違和感”があった。
「……風が、ざわめいてる。」
りとは城壁の上に立ち、遠くを見つめた。
空とパイモンが隣に立つ。
「ジン団長が言ってた“黒い風”って、あれのことかな?」
空が指差す先、森の奥の方で淡く黒い光が揺らめいている。
「たぶん……あそこだ。」
ジンの許可をもらい、三人は夜の調査に向かった。
風が木々を揺らし、草の上には薄い霧が広がっている。
「ねぇ、りと。怖くないの?」とパイモンが心配そうに尋ねる。
「ちょっとは。でも……この世界を守りたい。モンドのみんなの笑顔、もう見たから。」
空が微笑む。「りと、君、もう立派な冒険者だね。」
——その時だった。
森の奥から、低い唸り声が響いた。
黒い霧が集まり、形を変えていく。
まるで“人の影”のようなものが現れた。
「誰だ……?」
りとが身構えると、影がゆっくりと口を開いた。
> 「……風を、取り戻せ……」
その声は、まるで風そのものが話しているように淡く響いた。
空気が一瞬で重くなる。パイモンが怯えてりとの後ろに隠れる。
「お前は……何者なんだ!」
りとが叫ぶと、影はゆっくりと姿を変えた。
黒い羽を持ち、風と共に浮かぶ青年の姿。
その目は、どこか懐かしい色をしていた。
「君……風神バルバトス?」
空がそう呟いた瞬間、青年の姿がかすかに笑った。
> 「……違う。私は“忘れられた風”。
風神が生まれる前に消えた、もうひとつの風……」
言葉と共に、風が荒れた。
木々が倒れ、霧が吹き飛ぶ。
りとの胸の中の“神の目”が強く輝く。
> 「君の中にも、私の力が眠っている。
——思い出せ。“風を裂く者”の記憶を。」
次の瞬間、りとの頭の中に強烈な光が走った。
誰かの叫び声、砕ける大地、そして空を裂く巨大な嵐。
知らないはずの記憶が、鮮明に脳裏を駆け抜けた。
「やめろっ!!」
りとが叫ぶと同時に、風が爆発した。
影は霧のように消え、静寂が戻る。
空が駆け寄り、りとを支える。
「りと、大丈夫!?」
「……うん。でも……今、俺、見たんだ。
“この世界が壊れる未来”を……」
パイモンが震える声で言った。
「りと……まさか、その力って……」
りとは胸に手を当て、光る神の目を見つめた。
「……俺の中に眠る“風”が、この世界とつながってる。
たぶん、それが——俺がここに来た理由だ。」
夜空に、ひとすじの風が流れた。
星がきらめき、モンドの鐘が遠くで鳴る。
——忘れられた風。
それは、りとの運命を大きく動かす“鍵”だった。












編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!