そう言った謝憐に霊文は彼の肩に手を置き、あなたは微笑んで答える。
二人の発言に謝憐は苦笑いで答えた。
八百年前の彼なら八百八十八万の功徳など一瞬で支払えるだろう。だがしかし、今は二度の追放で信徒も居なくなったため、功徳も先程授かった百の功徳しかない。
霊文は右手をこめかみに添えこう言った。
霊文があなたの呼び名(○○元君)の隣で通霊陣内にいる上天庭の神官多数に尋ねる。誰か回してくれないかと願うが、その願いはあっさり散るのだった。
霊文の言葉に皆耳を貸すが、ふと疑問に思う。
そして、誰かが声を発する。
霊文とあなたの呼び名(○○元君)は横目で目を合わせ、冷や汗を流した。
通霊陣の奥にいた謝憐はその様子を眺める。
先程の出来事を思い出す。北方の地で頻繁に願掛けがあり、神官を下界に遣わし祟りを沈めて欲しいとのこと。今は帝君も北を守護する裴茗も任務で不在のため、謝憐が代わりに赴けばその功徳は全て彼に捧げられるだろうとの事。
だが、やっぱり神官を回してもらうのは無理だろうと思うのだった。
しかし、いきなり謝憐に声がかかる。考え事をしていた謝憐は話しかけられると思わなくて少々びっくりした。
またもや慕情が発言する。その声色は一見優しそうに柔らかで上品だが、よく聞いてみると、雰囲気も感情も非常に冷淡だった。言葉の優しさと柔らかさがかえって悪意を抱いているように感じる。
謝憐は霊文に言われた通り、大人しくして人手を回してもらおうと思ったが、話しかけられてしまったら、聞こえない振りをする訳には行かない。
謝憐は前に出て口を開いた。
慕情のその発言に通霊陣内にいる神官は次々に本人がそこにいるのにも関わらず口を挟む。
謝憐は話しかけて貰えたことが嬉しいようでとても元気な声色で彼の顔に良く似合う笑顔を浮かべていた。
あなたの呼び名(○○元君)はもう駄目だと、頭を抱えたくなる衝動を抑えた。
これではもう、誰一人として神官を回してくれる上天庭はいないだろう。
慕情はそんな謝憐に構わず落ち着き払った様子で続ける。
彼は『太子殿下』と謝憐のことを呼んでいるが、ほんの僅かな敬意を感じさせないどころか、逆に針で指しているようだった。
謝憐ももう既に相手が好意的に話しかけてきた訳では無いとわかっているが、無視する訳には行かない。
これは逃げたほうがいいと、敢えて笑って答える。
ところが慕情は逃げようとした謝憐の逃げを封じ、淡々とした様子で続ける。
霊文が振り返り小声で謝憐に告げる。慕情の今の言葉はどういう意味か、霊文とあなたの呼び名(○○元君)だけが理解した。
霊文のその言葉に「……え」と声を漏らし、少し気まずそうに咳払いをする。
謝憐がそう言い終わると慕情は「ふん」と顔を背けただけで何も言わなくなってしまった。あなたの呼び名(○○元君)はまた面倒臭くなったと溜息をつくだけだった。
謝憐はそんな慕情の姿を気にせず、躊躇することなく彼に問う。
謝憐は声だけでは今自分と話しているのは誰だか分からなかったのだ。
その瞬間、通霊陣全体が凍りつき、慕情は驚きを隠せず身体が動く。
慕情のその動きに合わせて通霊陣内の神識が大きく揺らぎ、他の神官も驚きを隠せずにいた。もちろんあなたの呼び名(○○元君)らもだ。
あなたの呼び名(○○元君)ですらもこの二人の関係を数百年程前から耳にしているのになんということだ。
謝憐はどうやら本当に分からなかったようで霊文に聞き返した。
【あとがき的な】
お久しぶりです。長らく更新出来ず申し訳ないです。設定変更しました!
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!