中也side
俺があなたの病室を出た頃、
空はすっかり夜の色に染まってしまっていた。
雲の狭間から顔を覗かせるおぼろ月が
俺を嘲笑うように見ている様な気がする。
太宰の糞野郎が出ていった後、
俺はあなたと 幾つか世間話をしていた。
あなたが目覚めたのが昼頃だから、
それなりの時間 話してしまったらしい。
道理で、喉が乾いているわけだ。
“これからどうするか”か。
俺はこの時代に来てから今日まで
あなたの未来のことしか 考えていなかった。
だが、それが終わった今、
恐らく “俺が次にすべきこと”は判っている。
自分で自分に“元気で居ろよ。”なんて、
可笑しな話だ。
だが、言いたいことは判る。
お互いに背を向け、
お互いが進むべき方向を向いて歩き始める。
おぼろ月に見守られながら
俺は俺に別れを告げた。
赤レンガ倉庫。
思えば全て、此処から始まった。
何処か見覚えのある景色、昔よく歩いた路地。
過去の俺が見た世界が俺の目の前にあった。
初めは動揺もした。驚きもあった。
死んだ筈のあなたの姿や声をもう一度聞けて
心の底から嬉しいと感じた。
だが、もうそれは過去の事じゃねェ。
その為に 俺は今日まで紛争したンだ。
そして、俺の度もこれで終焉を向かえる。
赤レンガ倉庫の影に佇む
黒い外套の持ち主にそう告げた。
彼奴ははぁと溜め息をひとつ付いて、
月の下へと姿を現す。
退屈で塗りつぶされた瞳は
普段よりも漆黒の色を映していた。
…否、思えば太宰が子供ながらの瞳をしていたのは
あなた姉さんと居るときだけだった。
俺と太宰は それ以上の会話は交わさなかった。
俺が未来から来た場所に立ち、
太宰が触れる。
すると間もなく俺の身体が光を放ち、
視界が真っ白に染まっていく。
「未来に戻る。」
それを実感した。
俺の身体と視界は光に包まれ、
視界の眩しさに目を瞑った。
この時代で最後に見るのが太宰のこんな顔なんて、
……なんだか、気が滅入りそうだ。
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次に瞼を開けると、
俺は視界に映ったものに思わず眉を潜めた。
どういう状況だ、これは。
俺はそう言いながら足を思いっきり上にあげ、
糞鯖に蹴りを入れようとする。
しかし糞鯖は身軽そうに後ろへ飛んで
俺の攻撃を回避する。
……本当に、腹立つ野郎だ。
太宰の様子を見るに、
此処は過去に飛ばされる前
俺が敵と戦っていた場所だろう。
そこまで時間は経ってないように見える。
…そうだ。あなた…!
あなたは、どうなった?
ちゃんと、生きていンのか?
元気で暮らしてンのか?
確かめたい。
あの後、どうなったのか 確かめたい。
俺はそう答えるや否や
太宰に背を向けて走り出した。
早くあなたに会いたい。その一心だった。
あなたが何処に居るのか。
それは既に判っていた。
俺は、過去の俺にあなたと住む上で
最適であろう場所を伝えていた。
だから。恐らく______。
過去の俺が 俺の助言を聞いてくれたことに安堵する。
俺が辿り着いた一軒家の表札には
俺の名前と、「中原あなた」の名前があった。
俺は息を肺一杯に溜めて、チャイムをならした。
間もなく、中からバタバタと音が聞こえて
扉がガチャ…と開く。
あァ、あなただ。
俺が知る未来で、死ぬ筈だったあなた。
だけど、今は俺の目の前に居る。
可愛い声で、可愛い洋服で、
可愛いエプロンなんて 身につけて。
あなたが生きてることが嬉しくて失念してたが、
言われてみればそうだと思った。
此処はあなたと俺の家なのだから
俺は鍵を持っている筈だった。
感覚のまま外套のポケットに手を入れると、
ジャラ…と金属が擦れるような音が聞こえる。
それを取り出してみると、矢張家の鍵だった。
あなたの言葉に不意を突かれ
思わず目を見開いてしまった。
あなた曰く、俺が未来に戻ったあと、
過去の俺があなたの側に居てくれたらしい。
少なくとも、今朝俺を見送ったときまでは
何時もの俺だった。
恐らく、俺が過去から戻ってきたことで
俺の意識が切り替わったのかもしれない。
……まァ、憶測にしかすぎねェが。
そう言った時のあなたの表情は
少し 儚げな顔をしている気がした。
否、きっと ただの気のせいだろう。
あなたの表情に隠れる影に触れるのを怖れ、
俺は心の何処かで“そうあってほしい”と祈っていた。

















編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!