白い廊下の奥、扉が見えた。
けれどその前で、フィリックスは立ち止まった。
彼はそう言って振り返る。
その瞳は、さっきまでよりも静かだった。まるで、遠い記憶の底から何かを掘り起こしているような顔で。
ハンは黙ったまま、壁に手をついた。
冷たい感触。
表面は硬質ガラスのように滑らかで、まったく温度を感じさせなかった。
フィリックスは頷いた。
ハンは天井を見上げた。
人工的な照明が、どこまでも白く、どこまでも無機質に瞬いている。
一度も消えたことのない“昼”。
一度も見たことのない“夜”。
静かな沈黙が落ちる。
フィリックスの声は優しいのに、どこか凍てつくような温度を帯びていた。
ハンはゆっくりと息を吸う。
乾いた空気が肺を満たしていくのに、どこか呼吸が浅くなる。
(思い出せそうで、思い出せない。)
その感覚が、恐ろしかった。
だがそれ以上に、懐かしかった。
フィリックスは一歩近づき、ハンの目をまっすぐに見た。
フィリックスの手の中に、銀色の鍵が再び現れた。
月の形に似た、歪んだ円のモチーフ。
鍵の中心に、小さく刻まれた数字――「03」。
ハンは鍵を見つめたまま、何も言わなかった。
けれど胸の奥が、微かにざわめいていた。
遠くで、また何かが崩れる音がした。
フィリックスが最後に囁くように言った。














編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!