🩷side
夕食から戻ってきた仁人と太智に発見されるまで、俺たちは廊下でずっと抱き合っていたらしい。
らしい、というのは、俺が俗に言うDefenceの状態になっていて記憶がないからだ。
仁人が放心状態の柔太朗を作業室に入れるために担ごうとしたり、太智が汚れた柔太朗の顔を拭こうとしたりするたびに、俺は「柔太朗に触るな!!!」と叫んで2人に殴りかかっていたと聞いた。
柔太朗も俺が少しでも離れるとパニックになって泣き喚いたみたいで、正直めちゃくちゃ困った、と後で仁人が笑いながら教えてくれた。
それでも、2人とも柔太朗の身に何が起こったかの検討はついていて、あんまり大勢に知られたくないだろうからと誰の応援も呼ばずに2人だけでどうにか作業室に押し込んでくれたらしい。
俺が気付いた時には、休憩室のソファで柔太朗ごと毛布で簀巻きにされていた。
柔太朗は泣き止んではいたものの、目が虚ろでぼうっとしていた。
顔が真っ赤だ。
多分、泥酔してる。
どれくらい飲まされたんだろう。
触るね、と声をかけて顔を拭いていく。
拭いても拭いても、柔太朗の口から、髪から、服から、ずっと甘ったるいアルコールの匂いが消えない。
飲まされただけじゃなくて頭にもかけられたのかな、なんて考えて、また怒りで頭がどうにかなりそうになって慌てて考えるのをやめた。
ガチャ、とドアが開く音がした。
柔太朗の肩が大袈裟なくらい跳ねて、俺は咄嗟に柔太朗を守るように頭を引き寄せる。
入ってきたのは仁人だった。
仁人は柔太朗の前にしゃがんで、柔太朗に見えるようにペットボトルを開けた。
ぱき、と蓋が初めて開く音が響く。
柔太朗は仁人が差し出したペットボトルをぼうっと見つめて、少ししてから俺の方に視線をずらした。
俺が大丈夫だよと言うとようやくゆっくり手を伸ばして、ちびちびと舐めるように飲み始める。
柔太朗がぼうっとしたまま緩慢に頷く。
酔ってるうちに事情聴取を済ませようという魂胆だろうか。
仁人なら変なことは聞かないだろうから、俺は柔太朗の隣で大人しく聞くことにした。
思わず太智と顔を見合わせた。
アルバムを出すにあたって、何度も打ち合わせで話したことがある。
人当たりが良くて、いつも穏やかに話す人だった。
あの人が、柔太朗と? Safe Wordもなしに?
仁人が緊張しているのが分かった。
太智も平然としているように見えて顔が強張ってる。
俺は答えを知っているけれど、柔太朗の口から聞くのは初めてだ。
痛いほどに張り詰めた沈黙の中、柔太朗がゆっくり口を開く。
仁人が深く息を吸う音だけが、張り詰めた沈黙の中で静かに響いた。
そこからの仁人の行動は早かった。
柔太朗のためにSubを見てくれる夜間営業の医療機関を探し、舜太に電話をして車を出すようにお願いをした。
太智には必要なものの買い出しを頼み、自分はなんとか証拠を集めに行くと言う。
仁人が苦虫を噛み潰したような顔でそう呟く。
会社ぐるみ
その言葉を聞いて、すっと背筋が冷えた。
言われれば、おかしいことはたくさんあった。
例えば、Play後に柔太朗が身体を見る癖。
俺たちは言わば身体が商品なわけで、その身体に変な傷がついていればまずスタッフが不審がるはずなのに、柔太朗は鏡で確認せざるを得ないほどの傷を何度も付けられている。
でもそもそも会社が黙認しているなら傷でもなんでもつけ放題だ。
例えば、柔太朗の個人仕事に帯同するマネージャー。
会社は柔太朗がSubであることを知らないはずがないのに、不意打ちのGlareから守れるようなマネージャーをつけなかった。
でもSub DropしたSubなんて、悪趣味のDomからしたら良いカモでしかない。
急に知らされたレーベルの変更も、不自然に決まった単発の仕事も、今思うと会社が柔太朗を“そういう目的”で使っていたからだと言われれば腑に落ちる。
なんで気付かなかったんだろう。
気付きたくなかったんだろうか。
その結果がこのザマだ。
俺は馬鹿か?
沸々と怒りが湧いてくる。
この会社、柔太朗を、所属アイドルをなんだと思ってるんだ。
利益を上げるためなら生贄を差し出すのか。
俺の大事な大事なSubに手出したこと、死んでも後悔させてやる。
仁人はただ、物理的に殺すなよ、と言っただけだった。
運転席でからからと笑う仁人に、俺は顔を覆って項垂れた。
結論から言うと、問題のレコード会社の社長はあっさり逮捕された。
もっと難航するかと思っていたけれど、少し探っただけで柔太朗以外にも大量のアーティストや研究生を食い物にしていたことが分かり、被害に遭っていた別事務所が何社も協力してくれたのである。
掘れば掘るほど強姦罪以外にも横領に恐喝にインサイダーに……と山ほどボロが出てきて、呆気ないほど簡単に失脚した。
逮捕された時に協力者の名前も拍子抜けするほどあっさり吐き、そこからスターダストの内通者が割れた。
こっちは少しごねられたけど、柔太朗の事を「都合の良いSub」呼ばわりされて俺が怒り狂ったことであの男に加担していた事を認めた、らしい。
更にここから柔太朗が売られた先が全て判明して、やっぱり怒り狂った俺がその場で契約やらなんやらを全て切らせたそうだ。
例によって俺はあんまり覚えていない。
この騒動によって、第一本部所属の人間が半分以上消える事態になった。
想像以上の人数に唖然としたものだ。
仁人が柔太朗の家の前に車を停めてくれる。
ありがとうと仁人に手を振って、俺は急いで柔太朗の元に向かった。
もらった合鍵で玄関を開けて靴を脱いでいると、舜太がひょいと顔を出す。
あの場にいなかった舜太は柔太朗の身に何が起こったかも、柔太朗がSubであることも知らない。
舜太は今でも、あの日急に運転手として駆り出されたのは柔太朗が急性アルコール中毒だったからだと思っている。
どこかのお偉いさんとたまたま会ってたくさん飲まされたんだと仁人がさらりと言った半分本当の嘘を、舜太はそうなんやとあっさり受け入れた。
一瞬だけ、不自然に身体が強張ったと思う。
振り返ると舜太はいつもより少しだけ険しい顔をしていた。
舜太ははっとした顔で黙り込む。
でも俺ははやちゃんたちの味方やから! なんて舜太が叫ぶ。
……多分、舜太も薄々気付いてるんだろうな、と思った。
あの社長が逮捕された時、ニュースでは罪状は横領とインサイダーとだけしか報道されなかったけど、ネットでは細々と被害にあった元研究生たちのリークが広がっている。
第一本部のスタッフ入れ替えの通達は舜太にも届いてるだろうし、そろそろ気付いてしまう頃だろうなとは思っていた。
俺はそれしか言えないまま、舜太に連れられてリビングに向かった。












編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。