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第5話

すきま
8
2026/02/15 05:35 更新
 タブーさんが俺の荷物を持って来てくれ、そこからのんびりと三人でソファに寄り掛かった。タブーさんも、俺の隣に座っている。大きな体格の男二人が、二人に比べて低身長で華奢な俺を挟むのは、どこか圧があって、しかし安心感もあって、おさまるのにちょうどよかった。ふわふわとした、柔らかいソファは、三人がピッタリくっついてちょうどうまるほどのサイズであった。だから、俺くらいの身長の男が寝っ転がるので精一杯であった。それに、タブーさんとキリンさんは、俺に寄り添っている状態なので、少しスペースが存在していた。

「ギャパパ……眠っちまいそうだぜ…」

 そう呟いていたタブーさんが、俺の肩にそっと寄り掛かる。ふんわりとした柔らかい柔軟剤の香りに、こそばゆい感覚に襲われる。キリンさんも、「そーだよなあ…」と言いながらゆったりと俺の肩に寄り掛かった。なんだか頼られていると感じて、じわりと目元が熱くなった。

 途端に、部室のドアが大きく開け放たれて、人が入ってくる。そこには、ピンクの髪に可愛らしい服を着こなす、とても女装の似合った男性の…ティラさんと、サブローくん、サメの形をしたロボットであるシャボさんがいた。堂々としたたたずまいと、廊下の光が急に目を貫いて、チカチカと視界が点滅した。急な来客と、大きな音とで、心臓が大きく飛び跳ね、息が詰まる。寄り掛かっていたキリンさんとタブーさんが、急な来訪に怒りをにじませた声で退場を促した。

「今かよめんどくせえな…。今日は帰ってくれ、頼んでねえよお前らの登場なんて」

「今来るとか、コイツら空気読めねえな! ぶっバラしてやる!!」

 タブーさんは実際に立ち上がって、そばに置いてあったチェンソーを手に取ってエンジンを吹かす。キリンさんは、俺を抱きしめて大きく寄り掛かった。

 ティラさんたちは、いつもの調子で薬の説明やらを行って、攻撃を仕掛けてくる。

「…!? ガウチぃー! わっちを差し置いてなんであのカエルパーカーを抱きしめるのよォ! あのカエルパーカーなんてほっといて、わっちにしなさいよ!!」

 そう、甲高い声が聞こえた。小さく、耳鳴りが響く。サブローくんは、驚いて、急いでティラさんを止めようとしているのが目にうつった。キリンさんが、耳元で、小さく、「…ぁ?」と呟いているのが聞こえた。タブーさんがぴたりと止まる。ドクドクと心臓が脈打って、呼吸も段々と浅くなった。

 大丈夫、急な大声にびっくりしただけ、と自分を落ち着けようとしても、何度もティラさんの言葉が反芻されて、なおひどくなっていく。

「俺、いらないんすか」

 俺の、振り絞るような言葉に、キリンさんが息を詰まらせるのがわかった。タブーさんは、こちらを振り返って、動揺したような表情をしていた。

「……っ」

 それ以上の言葉は必要ないと感じた。チカチカ点滅する視界はそのままに、ソファで抱きしめるキリンさんの腕を振りほどいてドアに向かって真っすぐ走る。自分は必要ない、という言葉が、頭を支配して、他の考えは思い浮かばなかった。ぐんぐんと前へ進んで行き、小石につまづいてそのままの勢いで前方にこける。思い切り顔にアスファルトの地面がぶつかり、にぶい痛みが俺を襲った。

 じんわりと視界がにじんで、チカチカする視界が、段々と加速していく。ぬるい水が頬を伝い、下を向いて、その場で座り込んだ。嗚咽が漏れる。

「ぅう……」

 辛い、怖い、痛い、と、負の感情が俺の中でループする。今までになかった唐突な精神の弱体化、そのうえで起こる自己否定に自責…。まるで俺が俺じゃないみたいで、涙があふれる。なんなんだ…意味わかんない…と考えて、また涙があふれる。言葉にも言い表せなくなるくらいにぐちゃぐちゃな思考を広げていた時、タブーさんとキリンさんが慌てた表情で走って来た。

「……も、こないでくださいっす!!!! いまさらなんのようなんすかあ!!」

 まるで八つ当たりのように二人に対し握りしめた拳を振り回す。タブーさんが左手を、キリンさんは右手をそれぞれ両手で包んで、俺の目をじっと見つめる。普段なら気持ち悪い、と絶対にやらない二人が、必死な表情をしていた。

 タブーさんが、左手をほぐして、パーの形にしながら口を開いた。一本一本丁寧に広げるのを、俺は静かに見ていた。

「急に、びっくりしちまったんだ。言い訳に聞こえるかもしれねえけどな…。俺様たちは一度も、ハックのことを迷惑だとか、要らないだとか、思ったことはねぇぜ」

 五本の指を開ききって、パーの形になった時、タブーさんはその手を、タブーさんの両手でサンドした。

 キリンさんは、俺の手をぎゅうぎゅうと力強く包み込んで、時折ほぐすように俺の手を揉みながら、俺の手を見つめて口を開いた。

「急にハックの口からあんな言葉飛び出たら、びっくりしてなんも言えねえって。俺にとっちゃ大事な後輩だぜ? いなくちゃいけない存在なのによ。そんなふうに、要らないって、思うわけないだろ?」

 俺の手が緩んだところを、キリンさんに開かれる。パーの形になって、またタブーさんのように、キリンさんの手が俺の右手をサンドした。

 二人が立たせることもなくその場で、そう言っている。それが事実だろうが、虚言だろうが、俺は虚しくなった。こんなにも言ってくれる先輩に対して、何をしていたのだろうと。今ので、幻滅したのではなかろうか。そう繰り返し考えはじめたとき、タブーさんとキリンさんが、俺の目の前で、手を合わせた。タブーさんは、俺の左手と彼の左手。キリンさんは俺の右手とキリンさんの右手で。

「ほら、手と手のシワを、合わせて?」

「……?」

 俺は首をひねる。タブーさんが、ケラケラと笑った。心底愛おしそうに、目を細めて俺の頭を撫でた。ふんわりとしたぬくもりを感じて、俺も目を細めた。

「なんだよ、知らねえのか…。シワ合わせ…シアワセ、だろ?」

 タブーさんとキリンさんが笑う。暖かい二人の手のひらが、冷え切っている俺の手のひらに触れている。言葉を抜きにしても、これ以上ない程の感情が溢れた。ここ最近、味わっていなかったものだ。じんわりと染み出すそれと、涙は連動したようにあふれた。

「う~…」

 声が溢れる。たまらず泣きだした俺を、二人はまるで赤子をなだめるように背中をさすり、頭を撫でた。

***

 電柱から隠れてみていたティラは、ハックの様子を見て、後悔したように眉を下げた。

「なんか…ちょっと悪かったわね…。あんなに傷つくなんて…」

 サブロー…もといレクイエムも、心配そうにハックを見つめる。言葉を紡ぐことはなく、ただ、ティラの背後で立っているだけであった。ティラが続けざまに口を開く。先程よりも、一段階程明るい声だった。

「でも、ダーリンとあの豚が一緒にいるなら大丈夫そうね! なーんか、心の大きな隙間の補強材って感じ? アイツ、あんなに脆いから、ダーリンと豚がいないとダメなんだわ!」

 弱点発見ね! などと発言するティラの口角は大きく弧を描いている。レクイエムが流石にそれは、と止めようとした時に、ティラがまた発言する。レクイエムとティラでは、ティラの方が圧倒的に気が強いのだ。

「…ま、このままじゃ張り合いもクソもないから、しばらくはジャマしないであげる。レッくんも、あんまりあのカエルパーカーに近寄らないでよ!!」

 そう言い残して、ティラは彼ら…ヤルミナティーとは反対の方向に向かって歩いて行く。レクイエムは、心配そうにハックを一瞥した後、追うようにティラと同じ方向へ小走りに進んで行った。

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