逃げ道だと思っていた路地は、思ったよりも狭かった。
背後から聞こえた足音に振り返った瞬間、あなたは理解する。
───もう、間に合わない。
「そんなに急がなくていいよ」
廉の声は、穏やかだった。
責めるでも、怒るでもない。
まるで、帰りが遅くなった恋人を呼び止めるみたいに。
「……どうして、ここに」
問いかけは震えていた。
廉は一歩近づく。距離が詰まるたび、空気が重くなる。
「偶然じゃないよ」
「君がここ通るの、知ってた」
それは当たり前の事実を述べるような口調だった。
疑問を挟む余地がない。
「ずっと見てたから」
背筋が冷える。
冗談だと笑えない沈黙が落ちた。
「好きなんだ」
廉は、困ったように笑う。
「好きでさ。君が思ってるより、ずっと」
あなたが後ずさると、廉はそれ以上詰めなかった。
逃げる余地を与えているようで、実際は違う。
出口は、すでに塞がれている。
「奪われるの、嫌だった」
「壊れるくらいなら、俺が守った方がいい」
鍵が指先で鳴る。
その音は小さいのに、やけに大きく響いた。
「大丈夫」
「怖いのは、最初だけだから」
腕を取られた瞬間、抵抗する力が抜けていく。
強く掴まれているわけじゃない。
なのに、離れられない。
「俺のそばにいればいい」
その言葉が、命令だと理解したときには、
もう遅かった。












編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!