第5話

もしも
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2018/03/02 08:32


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ホームルームが終わって、荷物をまとめ、すぐさま一階に降りる。

正面玄関へ着くと、靴箱から靴を取り出し、上履きを仕舞った。

かかとを踏まないように注意して履く。

一度、階段を見た。

登下校の生徒たちが、ゾロゾロと降りてきているところだった。



わたしは向き直る。

そして、校門をめざして歩きだした。




迷った末の結果。

行かないことに決めた。




いろいろ考えたりはした。

良いことも、悪いことも。

だけど、実際は悪いことばかりが思いついて、良いことはひとつも思い浮かばなかった。

行ったところでなんの特になるのだろう?

イタズラだという可能性だってある。

行っても、だれもいないかもしれない。



そうだ。

地味なわたしを呼び出して、きっと反応を面白がって見ているのだろう。

期待から失念に変わる表情を見て笑うのだろう。



だから、わたしは行かなかった。



校門を抜けて、淡々と歩く。

見上げると、青い空が広がっていた。

ところどころに小さな雲が浮いている。ゆっくりと風に乗って移動するさまを眺めた。

今度は下を向く。

足どりを確認しながら、一歩一歩踏みしめる。

ふと、前方に程よい大きさの石が転がっているのに気づいた。

まわりに人がいないのを確認して、その小さな石を蹴とばした。

カラカラと、軽い音を立てて転がったあと止まる。

それをまた、靴の先で蹴る。

三度目、誤ってひょんな方向に蹴とばしてしまった。

そのまま溝のなかに入り込む。



「…………」



しばらく立ち止まっていたが、ふたたび歩き出した。

足の動きを、ボンヤリと眺めながら家路に向かう。




手紙のことを考えた。

あの手紙はいつから靴箱に入っていたのだろう?

昨日の放課後か、今日の朝か。

だれが入れたのだろう?

摩羅涼本人か、友人か。

この手紙のことを何人の人が知っているだろう。

考えてもわかるわけないのに、考えていた。



今度は、呼び出した張本人の顔を思い浮かべる。

まわりには人がたくさんいるのに、なぜか虚脱感を漂わせる彼。

影のかかる表情が、妙に気になった。

すこしだけ、さみしそうに見えるのは、気のせいだろうか?
もしもの話だけど、摩羅涼が屋上に行ったとする。


わたしがいないことを知ってどうするだろうか?

すぐに諦めて帰るのか、それとも待ちつづけるのか。

前者なら、なんの重荷も感じない。

対した用事ではなかった、と言うことだろうから。

だから、それで終わり。

でも、もし後者だったら?

その確率はゼロにひとしい。

万にひとつか、もしくはもっと低いか。

それでも、本当に待ちつづけていたら?

太陽が傾くまで、待っていたら?

このままわたしが来ないことを想像しても、なお帰ろうとしなかったら?


人のきもちなんてわからない。

……わかろうとするのは、ずっと前にやめた。

わかろうとすればするほど、たがいに傷つけあうからだ。

それなら、もう関わらないほうがいい。


なのに、悲しい顔をする摩羅涼の姿がうかぶのは、どうしてだろう?

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