今日初めて本格的なレコーディングをした。

だけどマイクとPDニムを前にすると、どうしても練習のように歌うことができなかった。

そしてプレッシャーと情けなさで思わずスタジオを飛び出してきてしまった。


行く当てもなくふらふらと街を歩く。

子供の頃に憧れていたソウルはこんなにもゴミゴミとした街だっただろうか。

あんなに憧れた宝石のように見えていたネオンが、かかっていた魔法が解けたかのようにチープな客寄せ看板にしか見えない。


僕の憧れていたこの業界も、本当はこのネオンのようにマヤカシだったんだろうか──。


そんなことを考える僕の頬にぽつりと雨が当たった。

朝宿舎を出るときにマネージャーニムが「今日は1日曇りだけど雨は降らないみたい」と言っていたのに。

街を行く人たちが、ゆっくりと歩く僕の横を足速にすり抜けていく。

誰も僕を気にかけない。

雨から逃げるように僕の横を通り過ぎて行く人たちの背中を見ていると、僕だけがこのゴミゴミとした街に取り残されて行くような感覚になった。

そしてその感覚は大好きなヒョンたちに置いていかれる感覚にすり替わる。


僕だけがこのままレコーディングに参加できず、見放され、ヒョンたちだけでデビューが決まってしまうのではないか…。

実際グループのデビューを僕は後になって知った。

その経緯はマネージャーニムのことと関係していてタイミングが悪かったんだ、と説明された。


それでもやっぱり僕は、大好きなヒョンたちとデビューの知らせを聞きたかったと思ってしまう。


僕は歩くことも、さっきより強く降る雨に打たれることも疲れてしまい、コンビニで雨宿りすることにした。

コンビニの軒下で交差点を行き交う車を見つめる。

あっという間に出来上がった大きな水溜りの水が、車が通るたびに大きな音を立てて跳ね上がっている。

その跳ね上がる飛沫を見つめていると、傘をささずに目の前の歩道を横切るスーツ姿の女性が視界に入った。

その既視感にふと視線を彼女に向けようとした時

その彼女が大きな声で僕の名前を呼んだ。

驚いて彼女に視線を向ける。

僕に背中を向けて僕の名前を呼ぶマネージャーニムがいた。

僕は真後ろにいるのにどこに向かって僕の名前を叫んでいるのだろう。

不思議に思いながら彼女の後ろ姿を眺める。



水溜りに反射している歩行者用の信号の色が緑の点滅から赤に変わったその時、マネージャーニムが向こう側へ渡ろうと足を踏み出した。

それを見ていた僕も慌てて走り出す。

マネージャーニムの腕を掴んで力の限り引き寄せる。

その反動で僕の方によろけたマネージャーニムを受け止めてそのまま2人で後ろに倒れ込んだ。


振り返ったマネージャーニムが僕の顔見て目をまん丸にし、今度はさっき渡ろうとした交差点の向こう側に視線を向けた。

僕の大きな声にマネージャーニムがまた僕を振り返る。

状況を理解したらしいマネージャーニムの見開かれた目に涙が溜まっていく。

マネージャーニムは雨粒に負けないくらい大きな涙をポロポロとこぼしながら何度も「ごめん」とつぶやいた。

僕に寄りかかって泣くマネージャーニムの肩をぽんぽんと撫でる。

僕の言葉にマネージャーニムは頷いたがなかなか立とうとしない。

マネージャーニムが申し訳なさそうに言った。

僕はそれを聞いてなんとなくマネージャーニムの足元を見た。

するとさっきの衝撃でヒールが脱げて、血で滲んだかかとが露わになっているのが目に入った。

マネージャーニムが困った様に笑った。


僕は少し考えてからマネージャーニムの背中に手を回してヒョイと持ち上げた。

そういいながら驚いたマネージャーニムが落ちない様にと僕の首に腕を回した。

いわゆるお姫様抱っこでマネージャーを抱えると、さっきまで僕がいたコンビニの軒下へと向かう。

僕が立っていた隣にベンチがあったのを思い出して、そこへマネージャーを座らせた。

僕はマネージャーニムの返事を待たずにコンビニへと向かう。

そして絆創膏とお茶と傘を買ってマネージャーニムのところへと戻った。