ジョングクが韓国に帰ってきてしばらくが経った。


メンバーにジョングクが人見知りなことは事前に聞いていたが、二人で話す機会もないくらいに避けられるとは思わなかった。


私が何か話しかけてもまんまるの目をゆらゆらと揺らして他のメンバーの影に隠れてしまう。

その姿はまるで人間に怯えるうさぎみたい。


だから私も極力ジョングクのストレスにならないようにあまり関わらないように気を付けていたが、今日はどうしてもそうは行かない。



今日はデビュー曲の録音のために、パンPDニムに連れられて私たちはスタジオに来ている。

みんな初めてのスタジオでの収録に緊張しているのか口数が少ない。

…テヒョンは大丈夫みたいだ。

先日パンPDが私に買ってくれた、外での仕事に同行する時用のスーツを着た私にみんなが面白がってからかってくる。

普段は学校の制服か楽なTシャツしか着ていないから、スーツを着るとマネージャーとして気が引き締まる。

パンPDニムがそう言ってうんうんと頷いた。


たしかにこのスーツはオーダーメイドなだけ合って着心地もいいし、袖の長さもぴったりだし、なによりもパンツスーツだから足が長く見える。

私がそう言うとメンバーが一斉に笑った。


ヒールの辛さは男子にはわからないでしょ！と不貞腐れつつ、さっきまでの緊張した雰囲気が少し和らいでほっとする。

しばらく話していると準備ができたようでラップラインが先に呼ばれて、3人とパンPDニムがレコーディング室に移動した。


残された私とボーカルライン4人はそわそわしながら、レコーディング室から微かに漏れてくる音に耳を傾けた。

緊張をほぐすためにジミンとテヒョンがそう言って部屋を出る。

残された私とソクジン先輩とジョングク。


普段あんなにうるさ…楽しいソクジン先輩も今日は緊張しているのか静かだ。



しばらくして一旦休憩に入ったラップラインが戻ってきて、次にラップパートの多いジョングクが呼ばれた。

私がペットボトルを渡すとジョングクは軽く会釈をしてレコーディング室へと向かった。

わたしとソクジン先輩がジョングクの話をしていると、突然レコーディング室の扉が開いてジョングクが飛び出してきた。

ジョングクを追ってパンPDニムも出てくる。

そのまま部屋から出て行ったジョングクを、私とソクジン先輩は驚きながら見送った。

私はジョングクを追って部屋を出た。


とりあえず建物の一階まで降りて守衛さんに中学生くらいの男の子が出ていかなかったかを尋ねる。

「さっき走って出て行ったよ」と聞いてお礼を言って私も建物を出た。



正直ジョングクがスタジオを出てどこへ向かったか全く検討がつかない。

お店の中を窓の外からジョングクが居ないか確認しながら、どこへ向かうか決まらぬまま前に進む。



今日のジョングクどんな服着てたっけ…。

確か黒いTシャツに黒いスキニーだった気がするけど…どうだったっけ…。



ジョングクの今日の服装が思い出せず、そんな自分に落ち込む。


ジョングクは私に心を開いていない。

私が話しかけても目が合うこともなく、返事も「はい」「いいえ」しか返ってこない。

だけど私のいないところではメンバーたちと楽しそうに戯れあっている。


そんな彼に対して私も拗ねていたのかもしれない。

私の方がヌナなのに大人気なかった。

ジョングクへの申し訳なさで目に涙が溜まる。

そのとき、ぽたぽたと雨が降り始めた。


朝の天気予報では今日は一日曇りで雨は降らないと言っていたのに。

雨のせいか辺りもいつものこの時間に比べて薄暗い。


ジョングクが雨に濡れて風邪をひいてしまったらどうしよう。

突然の雨にジョングクを探す足が早まる。


次第に雨足も強くなり、先に宿舎に戻って待っていようかと思ったその時、コンビニのある交差点で向こう側に黒いシャツで黒いスキニーの男の子の後ろ姿を見つけた。

雨に打たれながら小走りで離れて行く彼の背中に向かって名前を叫ぶ。

そして彼を追いかけようと交差点を渡ろうとした

その時──…。