自覚してしまったあの日から、れいは少しだけ器用になった。
顔に出さないこと。
声を揺らさないこと。
距離を保つこと。
——好きだと悟られないこと。
それが、最優先になった。
昼休み。
なおがれいの席に来る。
「れい、今日お弁当なに」
「普通」
「卵焼きある?」
「ある」
「ちょうだい」
れいは何も言わずに半分渡す。
今までと同じ。
むしろ少しだけ優しいくらい。
なおは満足そうに笑う。
「やっぱれい好き」
軽い言葉。
でも、今は刺さる。
れいは笑って受け流す。
「安い好きだね」
「本気だよ」
「はいはい」
平静を装う。
でも、目が合うと少し逸らしてしまう。
なおはそれに気づく。
「れい、最近さ」
「なに」
「なんか、優しくない?」
れいは一瞬止まる。
「意味わかんない」
「前より甘い」
「気のせい」
甘い。
その言葉に、胸が揺れる。
隠そうとしているのに、逆に滲んでいるのかもしれない。
放課後。
教室には数人しか残っていない。
れいは机に向かい、ギターのコードを書いている。
なおが隣に座る。
膝が触れそうな距離。
れいは自分からは近づかない。
でも、離れもしない。
「弾かないの?」
「今日は指痛い」
「うそ」
「ほんと」
なおはじっと見る。
視線が長い。
「れい」
「なに」
「なんで目合わせないの」
どき、とする。
自覚してから、意識的に避けていた。
目が合うと、何かが漏れそうで。
「合わせてる」
「合わせてない」
なおは少し身を乗り出す。
距離が近い。
近いと、息が浅くなる。
「なお」
「なに」
「近い」
「前は言わなかった」
その通りだった。
前は、気にしていなかった。
今は、気にしすぎる。
なおは少しだけ困った顔をする。
「れい、わたしのこと嫌いになった?」
「ならない」
即答。
迷いなく。
それだけは、嘘がない。
なおはほっとしたように笑う。
「ならいい」
その笑顔を見て、胸が痛む。
好きだ。
好きだから、言えない。
好きだから、壊したくない。
帰り道。
信号待ちで、なおが袖を掴む。
無意識みたいに。
その小さな仕草だけで、心臓が速くなる。
なおは気づいていない。
れいだけが知っている。
この鼓動の意味を。
「れいってさ」
「なに」
「わたしが他の子と仲良くしてても平気?」
唐突。
試すようでもなく、ただの疑問みたいに。
れいは少しだけ息を止める。
正直に言えば、平気じゃない。
でも。
「平気だよ」
嘘をつく。
なおはじっと見る。
「ほんとに?」
「うん」
なおは何も言わない。
でも、その視線は少しだけ長い。
夜。
れいはベッドで目を閉じる。
今日のなおの表情を思い出す。
不安そうな顔。
探るような目。
もしかして。
少しだけ、気づかれているのかもしれない。
でも、まだはっきりはしていない。
れいは決めている。
言わない。
好きだと伝えることはしない。
この距離が続くなら、それでいい。
隣にいられるなら、それでいい。
それ以上を望まなければ、壊れない。
——はずだった。
でも、感情は隠すほど濃くなる。
なおが笑えば嬉しい。
触れられれば苦しい。
他の子と話せば、胸がざわつく。
れいは知っている。
もう後戻りはできないことを。
好きだと、自覚してしまったから。











編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。