俺は、さっきの撮影を振り返りながら、自分の答えにツッコんでいた。
「マサイに100の質問」ってタイトルになる予定の動画だ。
テンポよく答えなくてはならなかったため、面白くできたかどうかは分からない。
それでも。
俺らしさは出せたんじゃないかと思う。
その中で、「あ!空から女の子が!どうする?」みたいな質問があったのだ。
それに対して、俺は。
「抱きかかえる!大好き!」という、返答をした。
だって。
そんな非日常的なことが起こったなら。
それは運命に違いないから。
ハハッと笑いながら、マンションのエントランスに向かおうと、側道を歩いていた…
その時。
真上から、声が聞こえた。
咄嗟に頭上を確認して、反応するまで。
ほんの0.数秒だったと思う。
先程まで"あるわけない"と、たかを括っていた出来事が、現実に起きてしまったのだ。
正確には、降ってきたのではなく。
2階の窓から飛び降りた、女の子だったけれど。
俺は、体勢を崩して尻もちをつく。
それでも、何とか、その子を抱きかかえることができた。
強く打ちつけたケツが痛え。
どうやら女の子…というか、おそらく俺とそう歳の変わらない女性は、怪我もなく無事なようだ。
すぐに立ち上がり、尻もちをついた俺を心配してくれている。
俺も、ゆっくりと立ち上がってみる。
明日辺り、強張った全身が筋肉痛になりそうだけれど。
骨が痛むわけではないから、何とか大丈夫だろう。
そう言って、差し出されたのは名刺だった。
そこには、電話番号と、LINEのIDが記されていて。
もちろん、彼女の名前も知ることができた。
俺は、彼女の名前を呼び、改めてあなたさんを見る。
身長は160センチぐらいだろうか。
"綺麗"というより、" 可愛い"という言葉がしっくりくるようなタイプだ。
それにしても。
落ちてきたのか。
それだけが疑問として残った。
何となく。
飛び降り…とか、そんな雰囲気ではないような気がする。
俺の予想通り、あなたさんは、ケロリと答えてくれた。
意味が分からず、尋ね返す。
あなたさんは、苦笑しながら説明してくれた。
どうやら、一人暮らしではあるのだが、親が心配性のため、フロントマネージャーに外出回数を報告させているらしい。
なるほど。
…うん、だからといって、2階から飛び降りるのは違うと思うが。
へへへっと、頭を掻く仕草とともに見せる笑顔を、俺はすごく可愛いと感じた。
そして浮かぶ、撮影で放った言葉。
"大好き!"
"運命だろ!"
もしかしたら本当に。
これは、運命なのかもしれない。
そう、感じてしまった。
急に上がる心拍数に、俺はその勢いのまま想いを伝えようとしたけれど。
それは、次の彼女の言葉に遮られてしまった。
"彼氏"
その可能性を微塵も考えていなかった自分にも驚きだが。
その言葉に、衝撃を受けている自分にはもっと驚いた。
ペコっと一礼をしてから去っていく後ろ姿を、ジッと見つめる。
呟いた言葉は。
誰にも届かず、風にのって消えていった。
後日、俺はその話を、動画公開と同時にメンバーに話した。
案の定、みんな笑い飛ばしてくれて。
俺の気持ちはグッと楽になる。
と言いながら、俺の運は、全部こいつらに出会うことに費やしちまったのかな、なんてガラにもないことを考えた。
ンダホも、笑いながら話を掘り下げる。
ケラケラと笑いながら、好き勝手に喋るメンバー。
でも、ちゃんと一線は弁えててくれるから。
俺の調子が戻ってきたことを確認すると。
こんな風に、サラリと日常に戻してくれる。
俺は、心の中でメンバーに礼を伝えてから。
いつものように、全力で撮影に臨んだ。
あの出会いを、小さな思い出にして。
そう、思っていたのに。
俺が思っていた以上に、運命の糸というものは、太い結びつきだったようだ。
スタジオでの撮影の帰り。
俺は、マンションのエントランスで彼女とぶつかったのだ。
ペコリと頭を下げるあなたさん。
あの日と違って、今日はエントランスから出てきたところを見ると、飛び降りは止めたようだ。
どうやら気にしてくれていたようだ。
そんな些細なことに、ときめく自分に戸惑う。
やべーな。
全然思い出にできてねぇじゃん。
そんなモヤモヤを吹き飛ばそうと、いつも以上に明るく振る舞う。
あなたさんは、俺の言葉を聞いて、ホッとしたようだ。
薄く笑う彼女は、前と変わらず可愛い。
でも。
本当に何となくだけれど。
以前よりも元気がないような気がした。
思い出にするためには。
これ以上傷つかないためには。
ここで、サッと別れる方が正解なんだと思うけど。
残念ながら、俺はあえてバカな道を選んでしまった。
驚いた、あなたさんの顔。
そりゃそうだ。
まだ、たった2回しか会っていない人間に、何が分かると言うのか。
でも。
気になっちまったんだから、仕方ねーだろ。
ポツリと呟かれた言葉。
どうやら、俺がFischer’sのマサイであることを、彼女は知っていたようだ。
でも、"やっぱり"って?
俺は、素直に気になったことを尋ねてみる。
それだけです。
と、また薄く微笑む。
そんなことを言われたことがない俺は、普通にビックリした。
どちらかというと、そういうのはシルクやモトキのイメージが強い。
さっきだって。
俺の気持ちの変化をちゃんとキャッチしてくれた。
あなたさんは、何故か自信ありげに言い切った。
そして。
自分が落ち込んでいる原因を、説明してくれたのだ。
俺は、全く想像していなかった言葉に、思っていた以上の大きな声を出してしまった。
ダサいですよねーと、困ったように笑うあなたさんに。
俺は、情けないことに、何と声をかけたらいいのか分からなかった。
そう言って笑った顔は、確かに少し明るくなったように感じた。
きっと。
今日の動画の内容と、初めて出会った時のこと。
そして、今の瞬間を重ねて言っているのだろう。
俺は。
知らないところであなたさんの役に立っていたようだ。
それが、嬉しかった。
あなたさんと別れ。
俺は部屋に戻る。
すると、玄関でチクワが出迎えてくれた。
大好きなチクワ。
ご機嫌なチクワの写真を撮って。
何となく。
もっと元気になってくれたらと思い、俺は初めてあなたさんにメッセージを送った。
チクワの写真を添付して。
送ってから、ソファの背もたれに身体を埋めて喚く。
ほんと、何やってんだろ、俺。
自分が自分じゃないみたいだ。
もちろん、普段から理論的に動くタイプではないけれど。
こんなに自制がきかないものなのかと、不思議な気持ちになる。
はぁ…、とため息を吐き。
何となしにスマホの画面を見ると。
ピロンという小さな着信音とともに、あなたさんからのメッセージが届いたと表示された。
や、こちらから送ったのだから。
返信があることに別段驚くことではないのかもしれないけれど。
俺はドキドキしながら、トーク画面を開く。
その様子を、チクワは足元でジーッと見つめていた。
その、ビックリマークの多いメッセージに、俺は思わず吹き出してしまう。
きっと。
とても元気で明るい子なんだろう。
失恋を乗り越えて、前向きに生きてくれたら良いな。
そんなことを考えながら、何度かやり取りを繰り返した。
そして。
俺の…というか、YouTuberあるあるかもしれない。
気を許すと、すぐに距離を縮めてしまう。
そんな悪い癖が出た。
軽々しくも、そんなメッセージを送ってしまった。
失恋したばかりの女性に対して。
"部屋においで"なんて。
マジで最低な言葉だ。
送信してしまったあとに、自分の失態に気づき、背筋が凍った。
慌てて取り消そうとしたのだが。
時すでに遅し。
既読サインが付いてしまった…。
既読サインがついてから。
返事がくるまでの時間がものすごく長く感じる。
どうしよう…。
弁解しようか…いや、下手に言葉を繋げると、悪循環に陥りそうだ。
俺が頭を抱えていると。
ピロン♪
やっと。
返信がきた。
俺は、恐る恐る、そのメッセージを見る。
そこには。
との文字が。
これまた、返信に困る流れだ。
でも。
ここまで来てしまったら。
"特に何も考えていません"という、おバカスタイルを貫き通した方がいいだろうと考える。
なんて、アホ全開のメッセージを送信した。
そのまま、ソファに倒れ込む。
チクワが心配そうに頬を舐めてくれた。
チクワを撫でながら、ドッと気疲れしている自分に気がつく。
ピロン♪
そのまま気怠げにあなたさんからのメッセージを読む。
そして、俺は勢いよくソファから落っこちた。
あまりの急展開に、俺は頭がついていかない。
部屋は、撮影のこともあるし、いつでもメンバーが来られるように綺麗にしている。
だから問題はないのだけれど。
それに。
俺から誘ったのだ。
しかも、いつでもウェルカムだとも言った。
ここで断ったら。
ただの嘘つきじゃないか。
………覚悟を決めよう。
俺は、スマホを握りしめたままチクワを抱きしめた。
そして。
とりあえず。
俺はメンバーのグループLINEで、
「速報!例の彼女、マサイ宅訪問!」
とだけ送信した。
1時間後。
予定通り、あなたさんは俺の部屋を訪れた。
きっと。廊下のどこかでメンバーも様子を伺っていることだろう。
シルクやモトキも同じマンションだから。
あなたさんを部屋に招き入れて。
姿は見えないけれど、メンバーに向かってグッといいねのサインを送ってからドアを閉めた。
尻尾を振りながら、チクワが駆け寄ってくる。
その姿を見て、あなたさんは黄色い声をあげた。
その場にしゃがみ込み、手の甲の匂いをチクワに嗅がせる。
その仕草は、仲間意識の高い犬の習性をよく理解しているものだった。
ニッコリ笑って、俺を見上げる。
それは、さりげない励まし、だろうか。
チクワが、シニアと呼ばれる年齢であることを、きっと動画を通して知っているんだろう。
その優しさに、心があったかくなる。
そう言って、俺はチクワの頭をワシャワシャと撫でた。
その後、あなたさんをリビングまで案内して。
ソファに座ってもらった。
チクワは、あなたさんのことが気に入ったようで、膝の上でお腹を撫でてもらっている。
何気なく、チクワに向けて言った言葉だが。
それは、俺にも、あなたさんにも。
当てはまる言葉だった。
チクワを撫でながら。
あなたさんは、少しだけトーンを落とした声で呟いた。
コーヒーを淹れながら、俺は軽く返事をする。
今日の動画で100個も質問に答えたけどなーなんて、ちょっと茶化しながら、先を促す。
そのどストレートな質問に。
俺はドリップしていたコーヒーを少し溢してしまう。
慌ててソファから立ち上がるあなたさんを静止させて、大丈夫だと告げる。
俺の内心は、動揺しすぎて全く大丈夫ではなかったけれど。
そっと、コーヒーをあなたさんに手渡し。
少し離れた場所に座る。
チクワが、俺の方に来て手首を舐めてくれた。
まるで、応援してくれているみたいだ。
真っ直ぐに。
あなたさんを見つめて、答えた。
少しでも。
俺の本心が伝わるように。
一つ一つ、言葉を選びながら話した。
質問の意図が分からず、思わず聞き返す。
そして、気づいた。
あなたさんの手が、震えていることに。
俺は、バカな頭で必死に考える。
あなたさんは、すぐに心変わりする女性についてどう思うかと尋ねてきた。
心変わり、つまりは、好きな人が変わることだ。
例えば、彼氏がいるのに、他に好きな人ができたり…
そこまで考えて、俺はハッとした。
サッと立ち上がり、玄関へ向かおうとするあなたさんの腕を、俺は咄嗟に掴む。
その制止に、あなたさんは素直に足を止めてくれた。
俺は、それにひとまずホッとする。
あなたさんは、こちらを振り向いてはくれない。
でも、掴んだ腕を振り払われることもない。
俺は、それを肯定と捉えて、話を続けた。
俺の言葉に。
あなたさんはゆっくりと振り向いた。
その表情は、今にも泣きそうで。
俺は、フワリと。
彼女の身体を引き寄せて、包み込むように抱きしめた。
だから、"おあいこ"だと言って。
俺はニカッと笑った。
これ以上、自分を追い詰めてほしくなかったから。
俺は、君のその気持ちが素直に嬉しいんだって。
そう伝えたかったから。
とうとう、嗚咽を漏らしながら泣き始めたあなたさん。
俺は、そんな姿も可愛くて、よしよしと頭を撫でてやる。
チクワも、あなたさんを慰めようとしているのか、彼女の足元に擦り寄っていた。
そう呟いたあなたさんの言葉は。
俺が昼間に呟いた言葉と酷似していて。
思わず笑ってしまった。
不思議そうに見つめる彼女に、何でもないと伝えて。
まぁ、もう告白してるようなものなんだけど。
それでも。
そこは男として頑張りたいところではあるから。
どうか、もう少しだけ待っててほしいとお願いした。
すると、その言葉を聞いたあなたさんは、花が咲き乱れたような笑顔を見せてくれた。
結局。
あなたさんを家に帰した後で、グループLINEを確認すると。
とんでもないことになっていた笑
俺を他所に盛り上がるメンバー。
お前ら暇なのか?と、突っ込んでやろうとも思ったが。
俺は、この幸せな余韻にもう少し浸るべく。
とりあえずFischer’sアイキャッチの「OK」スタンプだけを送信し。
通知を切った。
どうやら、俺の運も、まだまだ捨てたもんじゃないな、なんて思いつつ。
俺は来る幸せな未来を想像しながら、眠りについたのだった。
fin.
あとがき
短編とは…とツッコミたくなるぐらい、長くなってしまいました…。すみません。
短編集第3作目は、のんのん様リクエストのマサイ夢小説でした!
100の質問コーナー大好きすぎる作者です笑
マサイのおバカさと、ある意味の賢さを表現するのが難しい反面、勝手に動き出してくれた部分もあって、楽しかったですw
GWリクエスト企画にご参加いただいた皆様、そして、ここまでお付き合いいただいた読者様に感謝申し上げます!
本編のシルクロード夢小説は、毎日更新しておりますので、そちらもよろしくお願いします。
おゆ












編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。