僕は走っていた。後ろから確実に迫ってくる足音に追いつかれぬように、必死に。
地下室から一階に出て、しばらく追いかけっこを続けていたが、未だに奴は見逃してくれない。
そして気のせいにしておきたいが、前に遭遇した時より足が速くなってきている気がする。
そして、どこを見渡してもぺんちゃんの姿が見えない。
地下室にて彼の背後に青鬼がいることを確認した直後から、まるでいなくなったようだ。
懐中電灯で照らさなければ周りが見えないほどの暗さの中、僕は大きい足音でやっと気づいて…ほぼ奴の横スレスレを通って牢屋から出た。
もしかして運良く見つからず、今でも地下室にいるのかもしれない。
それなら、僕が適当に撒いて逃げればいい。
ふとそう思って後ろを振り返ると、奴の恐怖的な顔が目と鼻の先にあるのを確認。
一気に体の血の気がさぁっと引くのを感じる。
ダメだ。
単純な追いかけっこじゃ、距離を縮められて終わる。
僕は右手に懐中電灯があることを確認し、思いっきり力を入れ、奴がいる後ろに向かってぶん投げた。
くるくると回る懐中電灯が、奴の目元に鋭く突き進む。
その一瞬の光景を見ていると、次に目が捉えたのは発火した懐中電灯だった。
生物の声帯から明らかに出なさそうな声が聞こえる。奴は懐中電灯攻撃を一身に受けたことで、顔を手で抑えて悶え始めた。
僕はその後一度も振り返らずに、部屋に走った。
そして、部屋奥に置かれているベッドの方に駆け寄る。ここのベッドの間にある穴から落ちれば、すぐにピアノ部屋に行ける。
一先ず安地に到着出来たと安心して、僕は倒れるように座り込んだ。
心配したのかけだまくんは、僕の目の前に移動してくる。そっと撫でると、けだまくんの体はカイロと思えるほどに暖かった。
今ここで倒れ込んでいるわけにはいかない、すぐに地下室に行かなければ。
ぺんちゃんの元に…。
「さっきの状況で天乃絵斗が無事だったと思えるの?」
よぎったそんな思考。
僕らしくない、ネガティブな思考。
「ほんとうに?」
思わず息がヒュッとする。何も言えない。
はっきり言って、僕はぺんちゃんのことをよく知らない。
2年ほどの付き合いで、まあまあ仲の良い友達ではあるが、「親友」という高尚な関係に昇華できない。
どんどん昔の思考に飲み込まれていく。
怖い。
もし、彼がすでに奴にやられてしまっていたら。
怖い。
怖い。
そしたら、僕は一人。一人ぼっち。
一人は、怖い。
目の前がグルグルしてくる。
僕は顔を手で覆い尽くして、ただじっと息を潜めた。
ひんやりとしている床、ひんやりとした空気。
ここは…
ただの「冷たい」空間ではなく、生気を感じない空間、と言うのが正しいのだろうか。
ぼんやりとした意識の中、俺は重い瞼をゆっくり開ける。
周りはどことなく暗く沈んだ雰囲気が漂っていて、さっきいた場所と何かが違うのを感じた。
目を覚めてきて、どんどん視界が開けていく。
そして、手の触覚が働いていることに気付いた。
俺は驚いた。
俺の手を握っているのは、緑色の魔女帽子を深く被った「あの子」だ。
彼は翡翠色の目をこちらに覗かせて、俺の目をじっと見つめていた。












編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。