ある世界線。
クッソ深い森の、更に奥。
そこに俺、きんときの棲家はあった。
吸血鬼の両親から生まれ、この世に出でた時には吸血鬼。
ひとや森の生命エネルギーをドレインしつつ、争いを好まない家系というのもあって、あまり誰かや何かを襲うということも、なく。
人間界の食物と、エネルギーの吸収っていう、混合タイプの生き方で、穏便に、普通に、森に隠れ住むようにして暮らしていた。
そんな、ある日。
よく晴れて、気持ちのいい陽気。
俺は、のんびり本でも読もうかと、その羽を広げて、お気に入りの廃墟へ向かった。
森の奥から、少し離れた、見晴らしの良い丘の廃墟。
そして、そこに居る先客に、驚いた。
「…………あれ?誰か居る……?」
大きな荷物。登山でもするのか?
彼は、廃墟の石壁と石柱が、ちょうどテーブルと椅子のように、うまい具合に崩れている場所に、自分のお弁当を広げていた。
陽の光に照らされて、くるんとした金色の髪が輝いてる。
黒いふちどりの、大きな眼鏡。
そばには、とてもキレイに整理された荷物と、簡単な食器。
ひとりなのに、ちゃんとお弁当のおかずを並べて。
ピクニック……というより、おままごとでも、してるみたいだ。
向こうも俺に気付いて、まさに人でないものを視た、という顔で、驚いた。
「え、お前、何……!?こんな、ところで」
「……それは、俺のセリフなんだけど」
読もうとしていた本を片手に、超軽装の俺は、万全装備の彼とは真逆だった。
「ヒト……!?いや、まさか、そんな軽装で、こんな場所、来れるわけないよな……!?」
「…………俺は、吸血鬼」
どうして正直に言ってしまったのか、分からない。
彼には、初対面なのに話しかけやすい、不思議な人あたりのよさがあった。
「……吸血鬼!?」
「……うん、まぁ、一応」
「いちおう!?いちおう、吸血鬼!?」
更に目を真ん丸にするので、なんだか、可愛かった。
きちんとした青年なのに、可愛いって表現はおかしいだろうか?
でも、可愛いが一番相応しい気がした。
「まぁ、隠れ住んでるし。別に、人とか襲わないんで。
君こそ、なんでこんな場所に居るの?」
「俺は聖職者。神父なんだ」
青年は、胸元から十字架のネックレスを出して見せた。
今度は俺が驚く番だ。
「…………神父!?吸血鬼の、天敵じゃないか。」
「そう、そうなんだよな。……この廃墟、実は古い教会なんだよ。
かつて、この森の奥に、教会があったって聞いたんだ」
「……ここが教会…?…そういえば、確かに」
「神父として、教会の遺跡に興味があって。
ここの場所を、何となく聞いて、見つかればラッキーと思って、はるばる散策してたんだ」
重装備にお弁当の意味が分かった。
天敵の聖職者、と聞いても、彼に攻撃の意志がないので。
俺からすれば、ピクニックしている登山者ぐらいの雰囲気だった。
向こうも同じなのか、本を片手にまるでノンキな俺に、全く敵意がないのを見てとって、俺たちは、ごく普通に会話した。
「お前、ホントに吸血鬼なの?全然ヒトにしか、見えないなぁ」
「羽でも出してみる?」
俺は、飛ぶとき以外は隠している羽を背中から伸ばしてみせた。
吸血鬼の、黒い羽……。
コウモリの羽のような、闇の色のそれを、怖がるかと思いきや。
彼は逆に目を輝かせた。
「えっ、スゲエ!!翼!?ドラゴンみたい。お前、カッコいいな!」
「かっこ……いい?」
「カッコイイ~!こんなん、ドラゴンじゃん。
俺もこんな翼、生やしてみたいわ。翼竜って感じ。すげーなあ」
こういうの、禍々しいって言うんじゃないの?
ひとは、忌み嫌うものだと思っていたけど。
彼は目をハートにする勢いで、俺の翼に触った。
「恐竜みたいにも見える。俺、小さいころ恐竜博士になりたくて。
やっべー、これ本当に飛べんの?」
「飛んでみようか」
「飛べんの?」
「そりゃあね。一緒に飛ぶ?君を抱えても、飛べるけど」
「一緒に飛べんのぉーっ!?」
それ、最高じゃん!!!
彼はいっそう、キラキラした瞳で喜んだ。
ぎゅむむ。
警戒心より、知的好奇心が、完全に勝っている、神父。
俺にギュッと抱きついて、子供がおねだりするように、俺を覗き込む。
「はやく飛んでぇ!」
……なんだコイツ。か、かわいい!
この神父、無防備で、ちょっと天然入ってないか?
「一応、言っておくけど。
飛行中にさっきの十字架や、もし持ってるなら、聖書とかを使われると、俺もノーダメージではいられないから。
2人で墜落するからね?」
「そんなこと、するかよ!」
折角の、機会を。
別に攻撃された訳でもないし。
神父は、心外だッと言わんばかりに否定する。
「あと、もうひとつ。
君にダメージはないけど、吸血鬼はヒトに触れると、生命エネルギーをもらってしまう」
「生命エネルギー?」
「吸血鬼と呼ばれるゆえんだね。血を吸う訳じゃなくて、こちらにチカラが供給される」
「俺にダメージはないの?」
「無いね。ヒトから放出されてるものの、おこぼれをいただくみたいなものだね」
「じゃあいいよ。別に。吸ってもいいよ。
俺なんにもしないから。お前もなんにもしないでね。」
「うん、それで。じゃあ、飛ぶよ。ちゃんと捕まって?」
「あ!!!」
「…………何?」
ここまで来て、突然、彼は思いついたように、はにかんで、言った。
「……俺。重かったらゴメン。」
「………………はァ!?」
……ぶはははははは!!
俺は吹き出した。
なんだ、それ!
「魔力が、あるから。ある程度は重力を無効化出来るから、大丈夫。」
気にするところ、違くない?
もっと色々、他の部分を怪しんだりしてもいいと思うけど。
心配するのが、自分の体重って。
俺は笑いながら、神父を抱きしめて、飛んだ。
飛び上がって、視界が開けたときの、彼の興奮といったら、なかった。
『スゲー!』を連発。
『うわー』とか、『こんな風に見えんだー』とか、『マジで最高じゃん』とか。
「あ、俺の教会!俺の教会が見える。
あの小さい十字架の塔、ほら、あそこ!」
はるか向こう、視界の端に、小さな集落が見えて、その村はずれと森の境目に、小さい教会が見えた。
「君、あんな遠くから歩いて来たんだ……」
神父が風景に気を取られて、わぁわぁと大騒ぎしている間。
俺は、間近に抱きつかれている彼の顔を良く見てみた。
そして、その顔がとても綺麗で、整っていることに気が付いた。
分厚いレンズのせいで、眼鏡の印象が強すぎるけど、大きな瞳がまばたきするたびに、長い睫毛が一緒に揺れる。
眼鏡を支える鼻筋は、すっきりしていて、楽しげな声を弾ませる唇は、猫みたいに、ふにゃん、とした形。
とても好ましい顔をしていた。
風に揺れる、ふわふわな金の巻き毛。
ほぼ無意識に彼を抱きしめ直すと、服ごしに分かる、やわらかい身体。
全部が、好印象だった。
地上に降りても興奮冷めやらぬ彼に、俺はなんだか、嬉しくなる。
「スッゲー!ありがと、ほんとにいいもの見た!」
「そりゃあ、良かった」
たいしたことしていないんだけど、と付け加えると、
「たいしたことだよ!サンキューな!」
輝く笑顔が、ほころんで。
俺は、心から、よかったと思った。
「名前、教えてくれる?」
「そうだ!まだ名乗ってねーじゃん。俺は、きりやん。
ずっと向こうの教会で、神父をしてる」
「俺はきんとき。吸血鬼。」
空から降りたあとも、俺たちはたくさん話をした。
きりやんは博識で、様々なことに深い造詣を持っていた。
大好きな恐竜の話、俺自身も知らない羽の構造とか、空から見たこのあたりの地形と、地層と、気候の説明。
もの知りで、楽しそうで、説明はとても分かりやすかった。
俺も彼の話を熱心に聞いたし、彼も熱心に話し続けた。
陽が傾いて、彼が、帰ってしまうまで。
きりやんに抱きつかれていたところから、彼の生命エネルギーを感じる。
清らかで、温かい。
優しくて、ぽかぽかとした陽だまりみたいなエネルギー。
きりやんになんのダメージも無いし、彼は気付いてもいなかった。
ひそやかな、吸血行為。
早く飛んで欲しくて、ぎゅぎゅっと無防備に抱きついてきたくせに、直前になって、
「俺、重いカモ……」だって。
俺は思い出して、プッ、と吹き出した。
なに、それ。
あいつ、へんなヤツ!
本当にへんなヤツ。
きりやん。
「……きりやん」
俺は声に出して、彼の名前を言ってみた。
もう一度、彼の笑顔を思い浮かべる。
顔が赤くなる。指先まで。胸がすごい音で鼓動した。
「きりやん、って言うんだ……」
その名前は、特別に大事なもののように、俺の心に響いた。
続く
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編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。