ある晴れた日、吸血鬼の俺は、たまたま廃墟の教会を散策していた神父・きりやんに出会った。
ともすれば天敵同士の関係だけど、ふたりで空を飛んだり、沢山しゃべって盛り上がる内に、打ち解けて……
俺の方は、あれから彼の笑顔を思い出すたび、勝手に胸が熱くなる。
………だけど、その後。
何度となく、廃墟の教会に通ったが、一度も彼には会えなかった。
それはそうか。
羽のある吸血鬼とは違うのだ。
あの日も確か、かなりの重装備だったし、彼は神父の仕事もあるだろうし。
こんな森の奥深く、早々訪れるという訳にはいかないだろう。
「……会いたいなぁ」
もう一度。
もう一度、きりやんに。
彼に出会ったあの日のことを、色々思い返していたら、ふと、俺の頭に、きりやんの一言が蘇る。
『あ、俺の教会!あの小さい十字架の塔、ほら、あそこ!』
………………!!
俺はガバッと起き上がる。
そうだ!
確かに俺たちは、上空から、はるか遠くの教会を見た。
あの時、確かに、彼は言った。
『俺の教会』って。
俺は棲家を飛び出して、彼と初めて会った廃墟へ向かう。
日当たりの良い丘の、古い、古い教会。
そして彼を抱きしめて飛んだ、同じ場所で、同じ高さまで飛んでみる。
「……………見えた……!」
はるか遠く。
あの日と同じ光景の中、彼が言った『俺の教会』の十字架が、同じように、小さく小さく、見えている。
もしかして、また会える……?
そう思ったら、居てもたってもいられない。
ちょうど陽が傾いて、夜へと近づく、夕暮れ。
夜の眷属、吸血鬼にとっては、むしろ都合の良い時間帯。
俺は、彼がカッコいいと褒めてくれた闇色の羽を広げて。
黄昏の空を、彼の言う小さな教会へ向かって、飛んだ。
村はずれ。
森と村との境に、その教会はあった。
森の際で空から降りて、人目がないのを確認しながら、歩いて敷地に近付くと。
教会の同じ敷地に、小さな家。……多分、あれが神父の住居。
住居の横に、小さな畑。
きりやんが育てているのか、色々な作物が、実ってる。
そして、更に、倉庫のような、なんだか不思議な作業場もあった。
ドアの立て札には、『Dr.きりやん研究所』…………???
アイツ、多趣味……か?
ドアベルを鳴らすと、
「はぁーーーい!」
中から、声が聞こえた。
間違いない、きりやんの声。
穏やかで明るい、はーい、の声。
「……きんとき!?!!」
彼はまた、真ん丸な瞳で俺を見た。
「……こ、こんばんは。……」
「……え、どうして、ここが……?」
「近くまで飛んだんで、ついでに……。」
大嘘だ。
『ついで』なんかじゃない。会いたくて、わざわざ飛んで来たくせに。
「こないだ一緒に飛んだとき、空の上から、『あれが俺の教会』って言ってたじゃん?
このあたりかなと思って。
十字架の屋根があるから、分かりやすかったよ」
きりやんは俺の説明にうなづいた。
「スゲー。確かに俺、そんなこと、言ったかも!
それにしても、良くわかったな。どうぞ」
やっぱ吸血鬼ってすげーんだな、だって。
「いやいや、十字架ついてる教会なんて、かなり目立つよ?」
「そりゃ、そーかぁ」
会いたかった人に会えて、じわじわ頬が熱くなる。
重装備じゃないきりやんは、神父の装束をまとっていて、黒地に金糸のそれは、彼にとても良く似合っていた。
きりやんは、教会と同じ敷地の小さな家に、ひとりで暮らしていると言った。
友達も多いし、信者さんが来ることもあるから、来訪者には慣れているそうで。
すぐ隣の研究所は、趣味で作ったもので、発明品や自動装置が置いてある。
良かったら今度説明するよと、彼は笑った。
彼の食卓の、木のテーブルに、あの日と同じように料理が並んでいる。
俺に夕飯までごちそうしてくれて、俺たちは、またたくさん話した。
その日から、俺は何度も、きりやんの小さな教会兼、自宅兼、更に離れのラボに通った。
昼間は人目もあるので、日が暮れて、俺の飛ぶ姿が目立たなくなってから。
近くの森まで飛んで、そこから羽をしまい、普通のヒトの振りをして、歩いて教会の裏門をくぐる。
毎日、顔が見たいし、今日は何してたのか気になるし。
楽しそうな瞳と、楽しそうな声が、ちょっとでも俺の方を向いてくれれば、嬉しかった。
…………こうなるともう、自分の気持ちを認めざるを得ない。
俺は完全に、彼に惹かれていた。
とはいえ、きりやんは鈍すぎて、いまいち気が付いてなさげ。
俺は来訪者の中の、ひとり。
暇だから来てるって、思ってそうだ。
まぁ、いいけどね。こんな風に会えれば。
そんなことを続けて、しばらく経った、ある満月の夜。
「こんばんは」
いつものように、カラン、とドアベルを鳴らすと、すぐにドアが開く。
「きんとき!もしかして来るか?って思ってた」
人懐こい、笑顔。
俺の顔を見た瞬間、ちょっと照れ気味に喜んだように見えたのは、気のせいか?
「これ、差し入れ。屋敷の酒蔵に眠ってた古酒。」
年季の入った瓶を差し出すと、彼は興味津々に受け取った。
「え、何それ、スゲー!うまそうな酒、ありがとう」
「いや、別に。俺は酒が飲めないし。あげるよ」
「めっちゃくちゃ高そう!」
「おいしいかは、知らん」
早速、盃に注ぎ出すきりやん。
「うわ、何これ、めちゃくちゃ美味しいよ!
何年熟成したんだ?まろやか~!」
嬉しそうな声に、こちらまで嬉しくなる。
「満月だから、屋根の上で飲む?」
「そんなこと出来んのー!?」
「空から飛んで来てるんだから、屋根なんて簡単だよ」
きりやんは、お酒と盃を持っていて、両手が塞がっているので、俺に抱きつく訳にはいかない。
なので、姫抱っこ。
重力キャンセルで軽々と横抱きにして、いま一体どんな表情してるんだろうと彼を見たら、『わくわく♪』って顔に書いてある。
……か、かわいい!お前!いつにも増して、素直で、正直。
反則なほどカワイイじゃないか!
軽く羽ばたくと、屋根の上へ舞い上がった。
酒瓶が置ける平らな場所を見つけて、きりやんを降ろし、俺も隣に腰掛ける。
「屋根の上で月見酒なんて、最高だなー。きんとき、ありがとう」
「おいおい、神父さん。飲みすぎると酔うよ?」
「らーいじょーぶー」
いやいや、君、もうすでに口調があやしいよ。
俺の心配をよそに、美味しい美味しい、と飲み続ける、きりやん。
くぴくぴと酒を進めるきりやんの気配を隣に感じながら、しばらく月を眺めていると。
ふいにぐらりと重みを感じて、きりやんが俺にもたれかかった。
「……あれ、ちょっと。おい!きりやん、飲み過ぎ!」
「急に、酔いが回っれきたー……」
きりやんの手から、空の盃が滑り落ちた。
「お……っ、と。あぶないって、」
屋根から滑り落ちる前にそれを受け止めて、そばに置く。
ゆらゆら不安定な彼を、支えてやって、顔を見る。
酔いが回って、ほんのり赤く上気した頬の彼は、普段の100倍、可愛い。
俺の中で、何かが弾けた。
「……きりやん」
油断しきったきりやん。
「………………キスしていい?」
「……んぇ……?」
とろん、とした瞳が俺の瞳を覗き込んだ。
そのまま顔を近付けて、彼の唇に、俺のを、重ねた。
「……ん………っ、」
柔らかい唇の感触。ごく微量の、酒の味。
「……んん、……んぅ」
ぎゅっと抱きしめる。
……嫌がってないよな……?
薄目を開けると、きりやんは気持ち良さそうに目を閉じて、俺のキスを受け入れている。
酔いが回ってる?酒がうまかった?
それとも、ちょっとは俺の事、好きだと思ってくれてるのか。
頭上には、大きな満月。
村はずれの教会の、屋根の上。
漆黒の羽を広げた吸血鬼が、聖なる神父にキスをする。
強く噛み付くように、あるいは、優しく愛撫するように。
舌を絡めて、何度も、何度も、唇を合わせる。
俺の気持ちを、分かっているのか、いないのか……。
酔いの回ったきりやんが、俺の腕の中で、完全に眠ってしまうまで。
俺は彼を、離さなかった。
そして。
不穏な嵐の、ぶ厚い暗雲が、少しずつ空を侵食していた。
続く
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![【🎤】悪魔と天使のふたりぐらし[完]](https://novel-img-gcs.prepics-cdn.com/prcmnovel-tokyo-prod-converted-images/p/1d831c74403abfecbe0102e7e70b345e5b04d9a1/cover/01JHEVWAXVWBF3K8ZCZBJ673XM_resized_240x340.jpg)



編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。