第一話「神集いの部屋」
きっかけは、三日前の夜だった。
大学の課題に追われ、ふと息抜きに開いた匿名掲示板で、ひとつのスレッドが目に入った。
《神集いの部屋》──入るだけで“救われる”って本当?
あまりに胡散臭いタイトルだった。
しかしその下に並ぶレスの数は多く、「リアルで消えた」「写真が変わった」「寝たら声がした」など、悪質なデマにしては手が込みすぎている書き込みが目に付く。
私は興味本位でリンクを開き、誘導先のSNSアカウントを覗いた。
そこに貼られていたのは、簡素な白背景の招待ページ。
──《神の集い》 招待コード:01-桜
そのときは「悪質なネタだろう」と思い、画面を閉じた。
だが翌日、大学構内でとある名前を耳にしたことで、不安は急に現実味を帯び始める。
「川北が行方不明なんだってよ」
男子学生がそう話しているのを偶然聞いてしまった。
川北桜──同じ学部で何度か見かけたことのある、あの川北だ。
まさかと思いながら検索すると、彼女のSNSはすでに鍵がかけられ、最新の投稿だけが外から見えた。
《01-桜、承認されました》
背筋が冷たくなった。
私は、いつものように鷹さんへ連絡した。
私:
「鷹さん、少しいいですか。ちょっと気になるものがあって……」
すぐに返事が来る。
鷹:
「また妙なものを拾ったんですか。
とりあえず送ってください」
少し呆れたような、それでも面倒がらない返事。
それがいつもの距離感で、私は少しだけ安心する。
私はリンクと状況をまとめて送った。
しばらく既読がつかず、数分後──
鷹:
「……なるほど。
“神の集い”ですか。名前にしては雑ですが、構造は案外しっかりしていますね」
私:
「しっかり……なんですか?」
鷹:
「招待コード方式、表向きの情報統制、そして“選ばれた形式”の示唆。
典型的な“新興団体のテクニック”ですよ。
ただし、今の段階では危険性も実態も判断不能です」
鷹さんはいつも通り冷静だったが、私は胸の奥がざわついた。
川北さんの失踪と招待コードが、どうしても頭の中で繋がってしまう。
鷹:
「あなたは、この川北さんとは接点が?」
私:
「同じ学部ですけど、ほとんど話したことは……」
鷹:
「なら深追いしないほうがいいでしょう。
ただ、興味本位でアクセスした招待ページの履歴は削除しておいてください」
忠告に従いながらも、私はどこかで引っかかっていた。
あの《01-桜》という表記。
まるで番号と名前がセットになっているような、不気味な規則性。
翌日、さらに不穏な情報が出てくる。
「大手企業の山口直輝が《神の集い》のトップでは?」という匿名投稿だ。
山口といえばメディアにも露出する若手社長で、そんな人物が宗教団体に関わるとは考えにくい。
私:
「山口社長って、あの……?」
鷹:
「はい。普通に考えればデマでしょうが……
“名前をあえて利用している可能性”は否定できません」
鷹さんから送られた画像には、企業ロゴにそっくりだが微妙に違う“模倣ロゴ”が使われていた。
鷹:
「権威の借用はよくある手です。
本物が関わっているように“錯覚させる”のが目的でしょう」
しかし、その“模倣”は異常に出来が良い。
完全一致ではないが、専門デザイナーが作ったとしか思えない精密さだ。
川北の“残したもの”
夜、大学のオンライン掲示板にひとつの書き込みがあった。
川北さんの友人を名乗る人物からだ。
《川北が消える前に、変なメモを残してた》
《招待コードの番号は“役割順”。
01は“入口”。
人を集める役。
集めた数が“自分の価値”。》
私は思わず鷹さんへ送った。
私:
「……これって、川北さんが誰かを勧誘してたってことですか?」
鷹:
「まだ断定はできませんが“01=入口”という構造は合理的です。
ただし、そのメモが本物かどうかは判断不可能です」
そのとき、ふと気づいた。
私が最初に見た招待コードは 01-桜
つまり「入口」の役割を持った川北桜。
だとしたら、
川北さんは“誰かを連れてこようとしていた”のかもしれない。
翌日、突然ニュースが入る。
《行方不明だった女子大学生・川北桜さん、無事保護》
大学はざわつき、SNSは騒ぎ、掲示板は祭り状態だった。
しかし詳細は語られない。
“本人の希望で非公開” の一点張り。
事件は止まった。
表向きは。
私は落ち着かなくて、また鷹さんへ連絡した。
私:
「良かった……んですよね?」
鷹:
「表面的には、でしょう。
ただ、“保護された経緯が明かされない”のは気になります」
私:
「神の集いと関係あると思いますか?」
鷹:
「可能性の範囲としては残ります。
ただし、これだけでは“関係なし”の可能性も同じくらい高い」
断定しない。
いつもの彼らしい返答。
その夜、私は川北さんのSNSをもう一度覗いた。
鍵はかかっているが、プロフィールだけは見える。
そこには新しい文字が追加されていた。
《桜は散りました。また、春に。》
意味は分からない。
でも、何かが終わったようで、何かが始まったようでもある曖昧な言葉。
そのスクリーンショットを鷹さんへ送る。
鷹:
「……含みはありますが、判断材料としては不足しています。
“創作的な表現”と見るのが妥当でしょう」
そういう彼の声が、逆に不安を薄めてくれる。
私:
「第二の“01”とか、そんなことは……」
鷹:
「考えるだけ無駄ですよ。
あなたが巻き込まれている証拠は一つもありません」
その言い方は優しくもなく、慰めでもなく、ただの事実を述べるだけ。
それが不思議と心地よい。
そして、会話を終えようとしたとき。
鷹:
「……ただ。
“神の集い”のサイト、昨日とはレイアウトが変わっています。
招待コード一覧に新しい枠が追加されました」
私:
「新しい……?」
鷹:
「“02-鷹”。
もちろん偽物でしょう。
ですが……あまり気持ちのいいものではありませんね」
私は息をのんだ。
鷹さんは、続けた。
鷹:
「深く考えなくて結構です。
私が調べておきますから」
それは“頼れる先輩”の言葉で、
同時に“不穏な予告”でもあった。
“事件は止まった。しかし、何も解決していない。”
次の招待コードは、誰の名前になるのだろう。
二話につづく。












編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。